「具合が悪いんでしょう？顔色が悪いわ」
「え、ああ。毎日毎日、酒飲み過ぎてたからな〜。でも夜風に当たってたら、だいぶ良くなった」
「ウソ」
「へ？」
ウルは、きょとんと彼女を見上げた。
「飲み過ぎとかじゃなくて。本当は、ケガが痛むんでしょ？」
「・・・・・・」
なんでケガのこと知ってるの、という顔をウルはしていたのでアリスは、「今日、朱震のおじさまから聞いたの」と答えた。
「・・・かーッ、あんのジジイ・・・」
「どうして教えてくれなかったの？私、治してあげられるかもしれないのに」
「だってよ、俺、だいたいの傷はすぐ治っちまうのに、アルバートが呼び出したなんかヘンな宇宙の化け物から受けた傷は、なんでか知らねえけど治りが遅いんだよ。だから、アリスの魔法でだってきっとムリじゃねえかなぁと思って」
「そんなこと、やってみないと分からないじゃない。それに、痛みをやわらげる事ぐらいはできるかもしれないし・・・」
「そうかもしんねえけど・・・、痛むたびにアリスに泣きつくなんて、かっこワリィじゃんか」
「私の前では、かっこ悪くてもいいの」
「・・・・・・」
しばらく二人は凝視しあっていたが、夜風がその静寂を打ち消した。
「傷、見せて」
「え。い、いいって」
「いいから見せて」
すぅっとアリスの瞳は狭まり、ちょっと怒っている。
「ホントにいいって」
「いいから」
「やだ」
「見せなさい！」
ぴしゃり、と言うアリスの気迫におされて、ウルは「は、はい・・・」と頷いた。
まるで叱られた子供のようなその表情に、アリスは思わず吹き出しそうになったが、彼の傷を見てそんな気持ちは吹き飛んだ。
肩から腹部にかけて、袈裟斬りされた傷は酷く膿んでおり、傷周辺の皮膚も炎症を起こしている。見ただけでも痛そうだった。
「ひどい傷。ちゃんと消毒しないから・・・」
「すぐ治ると思ったから」
「こんなになるまで放っておくからいけないの」
「・・・うん」
申し訳なさそうなウルの仕草に、アリスは微笑んだ。
「携帯の救急セット、部屋に置いてあるの。部屋に戻りましょう」
「アリスとマルガリータの部屋？」
「そうよ」
「いいのかなぁ・・・」
「え？」
「いやいや、こっちの話」
「・・・・・・」
「・・・な、なんだよ。その顔」
「最初に言っておきますけど、治療するだけですからね」
不審そうな彼女の表情に、ウルは冷や汗をたらした。
「わ、分かってるよ。なんもしねえよ」
何かするつもりだったのかしら、とアリスは呆れて肩を竦めた。
◆◇◆
傷が広範囲という事もあるが、アリスが丁寧に傷口を消毒していることもあり、治療し始めてからかなり時間が経った。
「・・・ねえ、まだ？」
五分おきぐらいに同じことを聞いてくるウルに、アリスも「まだです」と同じ返答をする。
「じっとしてるのって、つれえんだよな〜」
「大人なんだから、じっとしてなさい」
「ちぇー。でもさ、そろそろマルガリータが戻ってくるんじゃない？ヤバイじゃん俺。ぶっ殺されるよ」
「どうして？」
「こんな姿だよ？上半身ハダカの半裸状態を見たら、ぜってー、『アリスになにしてんのよーッ』って、すごい剣幕になること請け合いだね」
「大丈夫。治療してるだけですって、私が説明するから」
「そりゃ助かるけど・・・酔っ払ってるんだよ？銃向けてきたら脅しなんかじゃすまなくて、絶対に引き金引くね、あの姉ちゃん。間違いなく」
アリスはくすくす笑いながら、
「この時間なら、マルガリータさんはまだ戻ってこないと思うから、そんな心配しなくても大丈夫」
「なんでそんなこと分かるよ？」
「だって、いつもなら、この時間はまだ誰も酔いつぶれるような時間じゃないもの」
「ふーん。そっか、アリスは最後までシラフだもんなぁ。宴会の状況把握してるってワケだ・・・。もしかして、片付けも全部してくれてんの？」
うんそう、とアリスは頷いた。
「悪かったな」
「ううん。そんなこといいの。宴は楽しいし」
そう言って、治療していたアリスの手が止まる。
「でも・・・こうして皆といられるのも、あと少しなんだなって思うと、寂しいね」
「ん？・・・ああ、そうだな」
「・・・」
「・・・」
そのあとの会話は続きそうもなかったので、アリスは治療を再開しはじめる。
外からの虫の声しか聞こえない静かな空気には、なんだか気まずさが漂っている気がした。アリスの治療を眺めていたウルもそれを感じているのか、やがて顔を窓の外へと背けた。
そしてそのままの姿勢で、「アリスは、これからどうするの？」と、呟いた。
「え？皆と別れたあとのこと？」
「うん」
「ええと、とりあえずお母様の故郷に行きたいなと思ってるんだけど・・・。・・・前にもそう話した・・・よね？」
「えっ、あ、あぁ〜・・・そうだったった、そうだった」
「・・・」
「・・・」
気まずさにプラスして、白々しさが漂い始めたので二人の会話は益々、長続きしない。
何か喋らなくちゃと、アリスが思った時、またウルが「・・・なあ。俺、戻ってこないと思った？」と、呟いた。
「え？」
少しびっくりして、また手が止まったアリスをウルは見据えた。
「だから・・・今日さ、あのクソ召使いを連れて帰ってきただろ、俺。そん時、アリスの顔がなんか、そういう顔してたから」
「そ、そんな顔してた・・・？」
「してた」
アリスは困惑しながら頬を片手で抑え、俯く。
「・・・少し、少しだけ心配だったの」
「心配？」
「あなたが誰にも何も言わないで、急にどこかへいなくなっちゃうような気がして・・・」
「・・・。ハハ、いくら俺でもそこまで薄情じゃないって」
「・・・うん・・・だよね。ごめんね」
「い、いや、別に謝る事ないんだけど。ていうか、謝らなきゃいけないのは俺だし」
「ウルが、私に？」
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