Hold you in my life ever

Vol.7



「こんな時に、なに言ってるの！」
「冗談冗談。俺が食べちゃいたいのは、アリスちゃんだけだから」
「・・・！」
　アリスは狼狽してしまい、首まで真っ赤にして口をパクパクしている。
『・・・のろけ・・・か・・・』
「へへっ、嫉妬？恨めしい、じゃなくて、うらやましい？」
　ウルったら！！と、アリスはハラハラしつつも呆れていたが、意外にも幽霊には効果てきめんの台詞だったらしく、体の周りでおぼろげに放っていた白い光が、目に突き刺さるような鋭い光に変わった。
目つきも、よりいっそうキツい。
「あれ？なんだよ、ねーちゃん。うらやましいって、図星だった？」
『うる・・・さい・・・。私だって・・・ランサム・・・と』
「え？」
　と呟いたのは、幽霊の口から出た名前の張本人であるランサムと、ふとその幽霊の口調が変化した事に気付いたアリスの二人。
　特にアリスは、首を傾げていた。
先程とは違う空気が流れている。邪悪とか憎悪とかじゃない。
・・・寂しさ。悲しさ。
（なにかしら？この女性の気持ちが、流れ込んでくる感じ・・・）
　エクソシストの能力を持つアリスは、こういった霊的現象に敏感であるため、怒涛のように流れ込んでくる目の前の白い影の念をすべて読み取る事ができた。
（この女性は・・・そう、そうだったのね)
　一方、既に始末する事しか考えていないウルは、そんなことなど一切気付きもしていない。
「生身の人間に嫉妬するような幽霊と遊んでる暇ねーんだ。さ、来いよ。一瞬でねじ伏せてやっから」
　身構えたウルの服をアリスが引っ張った。
「ま、待って！ウル！」
「あん？」
「あの人・・・、幽霊じゃない」
「は？・・・じゃあ、何」
「生霊よ」
「イキリョウ？」
「そう。生きている人の霊魂」
「じゃあ、アノねーちゃんはホントは生きてるのか？」
「ええ、ここではないどこかで。私達の目の前にいるのは、体から離れたその人の思いが、人の形となって現れたもの・・・。ね？そうですよね、ルミカさん」
　そう名を呼ばれた女の影は、ゆっくり頷いた。
「ええっ！ル、ルミカ！？」
「わっ！な、なんだよ、びっくりするじゃねーか！」
　ランサムが急に大声を出したので、ウルは文句を言ったが彼には聞こえなかったらしい。
その生霊を凝視している。
「なに？あんたの知り合いか？」
「知り合いも何も・・・私の妻です」
「ええええッ！？妻ッ！？ってゆーか、なんで今の今まで気がつかなかったんだよ」
「あまりの形相に顔つきが違っていましたから・・・。でも、今のあの表情は・・・確かにルミカです」
　最初の黒い怨念が消え去り、ルミカは穏やかな笑みを浮かべている。
夫が自分に気付いてくれて。
「ランサムさん。おうちに帰ってあげてください」
　アリスがぽつりと呟いた。
「え？」
「ルミカさんは表には出さないけれど、ランサムさんが戻ってくるのを切実に願っています。その思いがいっぱいになって、思いだけが体から離れ、こうしてランサムさんの前に現れたんです。なぜ夫が戻ってこないのかという不安と、ひとりぼっちの悲しみと寂しさという思いが具現化して・・・」
「アリスさん・・・あなたは・・・」
　生霊の代弁をするアリスを、不思議そうに見つめるランサムにウルが答えた。
「ああ、こいつエクソシストだから。あの生霊がアリスの言っているように思っているのは、間違いないと思うぜ」
「そんな・・・。ルミカの生霊・・・？」
　ランサムは愕然とし、ルミカの方を見た。
彼女もこちらを見つめていた。
うっすら透き通った姿で、寂しそうに。
「・・・だけど、私はルミカのために・・・この仕事を頑張って・・・」
　そう言うランサムに、ウルは首を振った。
「でもさ、家族のためじゃなくて、元は自分がやりたい仕事だったんだろ？それに成功して、金も稼げればにーちゃんの人生、言う事ないけど、その周りにはさ、あんたと一緒にいたいって心待ちにしてる人間がいるんだ。その人の人生、壊しちゃってもいいワケ？」
「ウルさん・・・」
「まあ俺がそんなこと言っても説得力ないけどよ。でも一年も奥さん、ほったらかしじゃあ、可哀相だろ？」
　アリスも頷いた。
「そうですよ、ランサムさん。ルミカさんはあなたに会いたくて会いたくて仕方なくて、寂しがってます。ひとりぼっちで、いつも泣いています・・・」
「ひとりで・・・」
「はい」
　ランサムは勇気を振り絞って、ルミカに歩み寄った。
そして腕に触れようとしたが、霊体なので触れる事ができない。かすっただけだ。
「ルミカ。私は・・・お前を裕福にする事が、お前の幸せで私の幸せだと思っていたけれど・・・。それは違うんだな。結局私は、この仕事に没頭できる事に幸せを一人で感じていただけなのかもしれない。そして、自分の事だけしか考えてなかったのかもしれない・・・」
『ランサム・・・』
「帰る。帰るよ、必ず。君の元へ」
　ルミカは嬉しそうに微笑むと、消え去っていった。



　幽霊事件の翌日。
その夜、ランサムは布の買い付けを済ませ、ホテルに戻ってきた。
すると、隣りの部屋から出てきたウルと鉢合わせした。
「あ、ウルさん！こんばんは。この時間に出掛けるという事は、これですか」
　コップを持つ真似をして、ぐいっと飲み干す素振りをした。
「大アタリ。どう？デザイナーさんも一緒に」
「いいですね」
　ランサムを連れ立って昨日のパブへ顔を出したら、あのマスターが不機嫌な顔をしつつも「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
「へへ。嫌な客が来たと思ってんだろー、マスター？ま、それも今夜限りだからさ。我慢してくれよ」
　ウルの言葉に特に興味もなさそうなマスターの一方、ランサムは寂しそうな顔をした。
「ウルさん達、明日チェックアウトするんですか？」
「ああ。今日、祭りも堪能したしね」
「そうですか。寂しいです。せっかくお知り合いになれたのに・・・」
「そんな神妙にならないでくれよ。生きてれば、またいつか会えるって」
　笑うウルにつられて、ランサムも笑った。
「そうですね。そうだ、私の名刺をお渡しします。もし、結婚式の日取りが決まった際には、ぜひ連絡下さい。お二人の衣裳を、お値打ちな値段でお作り致しますよ」
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