Vol.7



「ウ、ウル？大丈夫？？」
「すごいねー、お兄ちゃん。お姉ちゃんのためにクッションになってあげたんだね！」
　ウルの手がやっと、ピクリとする。
「・・・つーか、ホントはカッコ良く抱きとめるつもりだったんだケド・・・間に合わなくて、思わずスライディングしちまった」
　背中を抑えつつ、のらりくらりと起き上がる。
「どーやら今日は、背中に災難がある日だな・・・マルガリータのネエちゃんに蹴られるし」
「痛かった？大丈夫？」
「ああ、大丈夫ダイジョーブ」
　ホントはかなり痛かったりする。
「ごめんね、ウル。助けてくれてありがとう」
「あ、いや・・・俺も悪いし・・・」
　そう言ってお互い視線が合った時、ほぼ同時に顔をそらした。
アリスは、あのローナのことを思い出したから恥ずかしくてそらしたのだが、ウルはどうなのだろう。
なんだか照れくさい顔をしているので、たぶん同じ事を思い出しているのかもしれない。
少し、気まずい空気・・・。
「あー！私の頭巾、落ちてる！お姉ちゃんが落ちた拍子に、一緒に落ちてきたんだね」
　少女が二人に向かって、拾った頭巾を振っている。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ううん。なんか恥ずかしい場面、見せちゃっただけだもの」
　アリスは頬を染めて、小さく笑った。
「お兄ちゃんもありがとね」
「俺こそ、なんもしてねーケド」
　少女は首を横に振って、にっこり笑った。
「二人がいたから取れたんだよ」
「・・・。おう、そっか」
　ウルも嬉しそうに彼女に笑い返す。
「じゃ、お姉ちゃん、お兄ちゃん。私、帰るね。もうすぐ日が暮れちゃうから」
「気をつけてね」
「うん」
　頭巾をかぶり、花カゴを持ち直すと少女はウルの方に振り向いた。
「そう言えば、お兄ちゃん。アレ、渡した？」
「え」
「もうひとりの女の人じゃなくて、そのお姉ちゃんにあげるんでしょ。アレ」
「え、ああ・・・まあな」
　ばつが悪そうに頭を掻いているウルをアリスが覗き込む。
「なぁに？なんのこと？」
「エッ。いやっ、なんでもねーよ。うん、なんでもない」
「？」
　少女はくすくす笑いながら「それじゃあ、バイバイ」と手を振った。
「元気でな、花売り少女」
「さようなら」
　ウルと肩を並べて、アリスも手を振り返す。少女の姿が見えなくなるまで。
「・・・さーて、俺達も戻るとすっか」
　衣服についている芝生の草を払い除けながら、歩き出す。
そのウルをアリスは呼び止めた。
「なに？」
　振り向いたウルの顔は夕陽の逆光のせいかもしれないけれど、なんだか切ない表情だった。
いつも不機嫌そうだったり眠そうだったり、不敵そうな表情の彼がふいにそういう真面目な顔をすると、胸がきゅッとする。
「・・・あの・・・ね、聞きたいことあるの」
　アリスはもじもじしながら、ウルを見上げた。
「・・・さ、さっき。木から落ちた時のことなんだけど」
「ん？」
「みっ、み、見たっ？」
「ああ？なにを」
「だ、だからっ、私の・・・」
「アリスの？」
「だからスカートのなかっっ」
　見る見るうちに紅潮する頬を両手で抑え、早口でそして半ば怒って叫んだ。
ウルはしばし、きょとんとしていたが「見てねーよ」とあっさり答えた。
「え・・・」
「だから、見てないって」
「・・・ほ、本当にホント？」
「そんな余裕あったと思う？」
「ない・・・かな・・・」
「だろ？さー帰ろう」
「ちょ、ちょっと待って！」
　アリスはウルの腕を引っ張った。
「なんだよ、まだなんかあンの？」
「もう一つ聞きたいこと、あるの・・・」
「なに」
　アリスは大きく深呼吸した。
言うなら今しかないと思うから。きっと今ここで聞かなかったらずっと聞けないと思うから、勇気を出して口を開いた。
「あ、あ、あのねっ・・・ローナっていう花の花言葉、知ってる？」
　聞くのが怖かったけど、どうしても聞きたいことだったから思い切って聞いてみたアリスは、ドキドキしすぎて自分の体が震えているのに気付いた。
そして目の前のウルも、ぎょっとしている。
冷や汗をたらしながら、ぼそぼそと「そ、そーいやあ、花売り少女から聞いたような・・・」と答えた。
「そ、そうなんだ・・・」
「ウン・・・」
　それ以上、会話は続かなくて・・・
どちらから喋る事もなく、沈黙が続いた。
アリスとしてはもう今更、あの花を手渡した事に深い意味はないの・・・とウルには言えなかったし、またウルも、アリスがあの花言葉を知らずに自分にくれたというのは気付いていたが、別にそれを彼女に言うつもりはなかった。
　だから、このままでいい。
好きとか嫌いとか、付き合うとか付き合わないとか、そういうことをはっきりさせなくてもいい。
きっと今は、こうしてお互いがそばにいるだけでいい・・・・・・・・・
「あのさ、アリス」
「うん？」
「俺も、お前に渡したいモンあるんだ」
　コートのポケットから、リボンがついた小さな紙袋を取り出してアリスの手に渡した。
「これ・・・種・・・？」
　花売り少女が売っていたものだ。
「さっき、あの子が言ってた『アレ』ってこれのことだったの？」
「あ、ああ、まぁな。花買うなんてガラじゃねえから、それにしたんだけど・・・なんか渡しそびれてさー・・・。まあ、俺の今の気持ちってことで、受け取ってよ」
「・・・ウル」
　ウルはアリスを見つめた。
「俺さ、この旅にいつか必ず決着をつけるから」
「え・・・？」
「そうすればさお前、そのあとにいくらでもその種まけるじゃん？いつかそういう日が来るっていう楽しみを今のうちに作っておくってのも、悪くないだろ？」
「ウル・・・」
「人生、楽しみを後にとっておくってのも大事だって。好きなおかずは最後に食べる・・・みたいなノリでさ」
「ん、そうだね。ホントに・・・」
「・・・って、あれっ。な、泣いてンのかよ！？おいい！？」
「嬉しいの・・・嬉しいから」
　ぽろぽろ落ちる涙と一緒に、今日まで抱えていたひとりぼっちの孤独も消えていく気がする。
そして見たくなかった未来も、なんだか見たくなってくる。
この種がいつか芽を出し、花が咲く・・・そんな未来を。
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