「・・・ごめんね、泣いたりして」
「いや、別にいいよ。うれし泣きなら」
「・・・なんだか今日は、マルガリータさんとウルに迷惑かけちゃった」
「迷惑？なんで」
「うん、いろんな意味で」
　涙は拭いきれてないが、アリスは満面の笑みを浮かべた。
「ウル、ありがとう。この種、大事にとっておくね」
「ああ。いつか・・・いつか植えることができるといいな」
「うん！」
「さ〜て、今度こそ帰ろうぜ。マルガリータに捜索願を出される前に」
　そうね、と笑いながらウルの背中を追った。

　・・・・・・そして私は、心の中でその背中に問い掛ける。
この花を植える時はきっと、あなたと一緒に・・・って願うのも、悪くないよねって。
ウルが言ったように、いつかそういう日が来るって楽しみにしていればいいんだよね。信じていればいいんだよね。
たとえそれが叶わない願いだとしても、どんな未来になるか分からなくても前に進むよ、私。
どんなに綺麗に咲いている花よりも優る、この種を胸に抱いて。
ウルからもらった、大事な大事な宝物だから。
今は小さな種だけど、私がいつかきっと花を咲かせる未来のための花だから・・・・・・

　私は夢を見る。お父様の・・・夢。
でもお父様は、もう私を抱き締めてくれたり、話し掛けてくれたりはしない。
ただ遠く離れた場所で、私を見守っている。優しい微笑みで。
「・・・私、もう大丈夫です。ひとりぼっちじゃないから。寂しくないから。未来を見つけたから。だからお父様。もう心配しないで・・・」
　深く頷いて、その姿が揺らいで消えていくと目が覚める。
「・・・夢・・・」
　夢だと分かっているのに、枕の上で目覚めると再度、夢だったと再認識する。
もう一度、瞼を閉じてアリスは父に祈った。
あの優しい声。それに温かい体温。懐かしい匂い。もう夢の中でさえも感じる事はできなくなってしまったけれど、悲しくない。
思い出としてちゃんと心の中に残っているから。
生きている、私の中で・・・。
　アリスはベッドに横たわったまま腕を伸ばし、カーテンを半分開けた。
既に太陽は昇っていて、その陽光は薄暗かった部屋を少し明るくし、そして隣りに眠っている愛しい人の素肌を照らす。
「う・・・んん〜？なに・・・、もー朝？」
　相変わらずの寝癖頭で、のそのそと頭を起こすウル。
まぶしさに眉間に皺を寄せる彼を見て、アリスはくすくす笑った。
「うん、もう朝よ」
「・・・今、何時・・・」
「９時３０分」
「か〜っ、も少し寝かせて」
　ウルは欠伸をしながら、再びベッドの上に仰向けになった。
それじゃあ私も・・・と、アリスが甘えるように彼の胸の上に頬をのせ、擦り寄る。
「昨夜は寝るの、遅かったからな」
「うん・・・」
　そっと抱き締められて、私は幸せな気持ちになる。
肌と肌が触れ合って、二人で暖め合って目を閉じる。
目が覚めても夢じゃないぬくもりだから、嬉しくて安心する。
そして彼の心臓の音を聞きながら、また眠ろう。そして今度はお父様の夢じゃなくて、あなたの夢を見るの。
花の種をくれた、あの頃のあなたの夢を。
（あれから・・・あの旅が終わって、どのくらい月日が経ったのかしら・・・）
　思い起こしながら、アリスはもう一度、瞼をゆっくり開けた。
窓の向こうで、たくさんの花が風で揺れているのが見える。
　あの時にウルがくれた種が、あんなに綺麗な花を咲かせたのだ。
花を育てるのは初めてだったから、心を込めて一生懸命育てた。二人の小さな庭で。
そしてつい先日、花びらを広げたのだが、それを見てアリスは驚いたものだ。
紛れもなく、あの純白の汚れない花・・・ローナだったからだ。
　植える前、なんの花の種かウルは教えてくれなかったし、咲いてからも「ふ〜ん、ローナだったんだ」としらを切られた。
しかしその話をする時の彼は非常に落ち着きがなくなるので、絶対知っていて購入したのは間違いない。
「嘘がヘタな人・・・」
　再び眠りに落ちてしまったウルの頬を指でつついてみる。
するとくすぐったいのか、う〜ンと顔をしかめたが、また気持ち良さそうに寝息を立て始める。
まるで子供みたい。
なんだかそんな彼の仕草が可笑しくて可愛くて、もう一度やってみようかしらと企んだが、起こしてはかわいそうだから思い直す。
「いい夢、見てね」
　と、カーテンを閉めてあげようとした時、またローナの花が目に入った。
今でも忘れはしない。今でも思い出せる。あの花言葉。

��永遠に愛する��

　これが、あの頃のあなたの気持ちだったんだよね。私への。
私のこと、あの時から想っていてくれたんだね・・・
「・・・ありがとう、ウル」
　彼に寄り添って、その唇にそっと口付けた。
そして耳元に囁く。
「あのね、ウル・・・私も、」
　誰にも聞こえない声で。私の横で眠っている、愛しい人にだけ聞こえる声で囁く。

　・・・・・・あの時、私もあなたが好きだったの・・・・・・

　そして私は夢を見る。
あなたの夢を。あなたのそばで・・・・・・・・・・・・

ＥＮＤ