「私っ、ウルのところに行って取り返してきます！！」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい！それは残酷ってモンじゃない？好きって言っておいて、実は間違いでしたなんて。いくら単細胞の坊やでもヘコむわよ？」
「そ、そうですね・・・」
「まあ、いいじゃないの。気のない男ってワケでもないんだし。ね？」
　そう言われてアリスは、更に顔を赤らめた。

　結局、ウルへの花はそのままにしておくことにしたのだが、やっぱりいてもたってもいられない。
ホテル内にいるとウルと顔を合わせてしまうかもしれないので、アリスは早々と外出した。
しかし特に行きたい所もないし、適当に時間を潰す場所も分からなかったので、近くの公園へ向かった。
　日暮れも近いからか、公園内にはもう人があまりおらず静まり返っていて、木の葉が風に揺れる音がやけに鮮明に聞こえる。
アリスはその音さえも耳に入っていないのか、上の空でベンチに座っていた。
「・・・どうしよう・・・。否が応でも、夕食の時はウルと顔を合わせなくちゃいけないのよね・・・」
　絶対にまともに顔を見れないだろう。喋る事もままならないかも。
マルガリータは、「ヘンに意識しちゃうより、自然に振る舞ってればいいのよ」とアドバイスしてくれたけれど・・・
「お姉ちゃん」
　突然、そばで声を掛けられてアリスは顔を上げた。
「あら、あなたは・・・」
　花カゴを持った、あの花売り少女だった。
花柄頭巾をかぶっておらず、茶色のおさげが風に揺れている。
「今日はどうもお買い上げ、ありがとうございました」
　ぺこりと頭を下げる。
「ううん。こちらこそ、とってもかわいいお花で嬉しかったわ」
　実は今、その花のことで悩んでいるんだけれど・・・とは言えず、アリスは笑い返した。
「どうしたの？こんな夕暮れに。お兄ちゃんと、もうひとりの女の人は？」
「あ、うん。ちょっとね、ひとりで考え事をしていたの」
「ふーん。でも、早く帰ったほうがいいよ。冷え込んできたから、風邪引いちゃう。それに今日は風が強いみたいだし。さっきなんてね、私の頭巾、風で飛んでっちゃった」
「え。あの花柄の？」
　少女は頷く。
「ほら、あそこの木」
　頭巾が芝生の上に立っている木の端に引っ掛かり、風に揺られて踊っている。
「あら、本当。もうひと吹き風が吹きでもすれば、落ちてきそうなのに」
「ウン・・・取れそうなんだけど、諦めることにしたの。早く帰らないと暗くなっちゃうし・・・」
　アリスは、少し半べそ気味の少女の顔を覗き込んだ。
「木に登れば取れるかもしれないわ」
「でも私、木登りなんてできない」
「私がやってみる」
「お姉ちゃんが？」
「うん。これでも小さい時、木登り上手だったんだから。木登りしては、お父様によく叱られたもの」
　郷愁のような懐かしさが思い起こされる。
懐かしい思い出。お父様との。
あの時と同じように、上手く登れるかしら・・・と内心、心配しつつも勇んで木に登り始めた。二十歳の娘が木登りなんて恥ずかしいかもしれないが、運良く周囲に人がいないので気兼ねなく登れる。
「うわー、すごーい。お姉ちゃん！」
　着々と上に登っているアリスを見上げ、感嘆の声を上げる。
「でしょ」
「あ、そこの枝を伝ってけば、頭巾があるところだよ！」
「よ〜し、この枝ね・・・って、キャッ！」
　風でスカートがめくれたので、慌てて両手で抑えようとしたがバランスを崩しそうになり、なんとか片手で抑えた。
「りょ、両手離してたら・・・落ちてたわ・・・」
「大丈夫〜！？お姉ちゃん！」
「あ、うん。平気よー。・・・それにしても、周りに人がいなくて良かった・・・」
　こんな醜態見られたら私、死んじゃうわよ・・・
「おいっ、そこにいるのアリス？」
「え？」
　木から少し離れたところで、上背のある男が立っていた。
くどいようだけど、あの色褪せたコートは・・・ウルだ。
「ウ、ウル！？ど、どーしてここに！！」
「どうしてって、ただホテルにいてもつまんねーから出歩いてただけだよ。でもなんか、ここにいちゃいけなかったみたいな言い方だな・・・」
　ちょっぴり傷ついた表情のウルに、アリスは「そ、そういう意味じゃないの！」と慌てて否定した。
ただ、今この姿を一番見られたくない人がウルなだけで・・・
「あ、お兄ちゃん」
「あれっ、花売り少女までいるじゃん。二人して何してんだよ。木に登ってさぁ・・・それにしてもお前って、案外チャレンジャー？」
　アリスをしげしげと眺める。
（あ、あんまり見ないで欲しいんだけど・・・）
　アリスは身を縮めて無言で訴える。
「あのね、あそこに引っ掛かってる私の頭巾をお姉ちゃんが取ろうとしてくれてるの」
「へっ、あれ！？おいアリス、ホントに取れんのか？危ないじゃん、俺が取ってやるよ」
「ちょ、ちょっと待って、ウル！そこから動いちゃダメッ！！」
　アリスは木の下まで歩いてこようとするウルを木の上から制した。
彼女のその気迫さと大声に押され、ウルは「な、なんだ！？」と目を見開いて立ち止まった。
「来ないで！」
「ハァ？来ないで？」
「こっち来ちゃダメなの！」
「なんで。だって、危ないじゃんかよ」
「いいからっ、来ちゃダメったらダメ！」
　ウルが下に来たら、下りるに下りれなくなる。しかも真下なんかに来られたら・・・。
（だってスカートはいてるのよ、私！）
　察してよ！という願いも虚しく、ウルは着々と前進してくる。
「も、もおっ！お願いだから来ないでっ」
「拒絶されると、それを跳ね除けたくなる性格なんだケド。俺」
「〜〜ッ！ウルの意地悪ーーッ！」
　と叫んだ瞬間、足を滑らせた。
「キャアッ！？」
「アリスっ！」
「お姉ちゃんッ！」
　花売り子は、アリスが枝から落ちる瞬間を目撃し、咄嗟に両手で顔を覆った。
重力に勝てずにアリスが地面に落ちた音が聞こえ、恐る恐る指の隙間からその惨状を覗いてみると、しりもちをついてへたり込んでいるアリスが見えた。
「い、いたたた・・・」
「お、お姉ちゃん、大丈夫！？」
「う、うん・・・どうにか。ウルのおかげで・・・」
　ウルは、アリスのお尻の下でうつ伏せになって伸びていた。
「だ、大丈夫？ウル！」
　慌ててアリスはその場から立ち上がったが、ウルはピクリともしない。