「・・・どちら様ですか？」
　幾分、声を上ずらせて訊ねると、扉の向こうで俺だけど、という声が聞こえた。
やっぱりウル。
淡い期待と共に、アリスは扉を開けた。
反射的にウルの両手を見たが、手ぶらだったので少しがっかり。
やっぱり、ただあの女の子と話し込んでただけみたい・・・。
　ひとりでうわついていたのがなんだか恥ずかしくて、正面きって顔を見れない。顎を少し引いて彼を見上げた。
「な、なあに？」
「あのさ、明日の事なんだけど」
「うん」
「早めにチェックアウトしようと思ってるんだ。朝８時に下のロビーに集合な」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「・・・えっと、それだけ」
「・・・あ、うん。ありがと」
「・・・」
　ウルは黙りこくったまま、なかなか帰ろうとしないのでアリスは首を傾げた。
「ウル？」
「え、ああ。・・・あのさぁ、」
「うん、なあに？」
「・・・あ、やっぱいい」
「？」
　ヘンなウル・・・と思いつつ、踵を返す彼を見送ろうとしたが、ローナのことを思い出し、咄嗟にウルの腕を掴んだ。
「あ、ウル。ちょっと待って」
「へ？」
「あなたに渡したいものがあるの。ハイ、これどうぞ」
　真っ白な花を両手に添えて差し出したら、ウルはぎょっとして一歩後退りした。
なにか危ないものでも手渡されると思ったのだろうか。
それとも花に虫でもついてた？
確認したが、別になんの変哲もない花。
　アリスは首を傾げた。
「・・・どうして驚くの？」
「えッ！？驚いてた？俺？」
「うん。なんだかすごく」
「や、いや別に。そんなことないと思うケド」
「・・・ふうん・・・」
　なんか冷や汗かいてる？やっぱり、なんだかヘンなウル・・・。
「え、え〜と・・・んで、なに？これ、俺に？」
「うん。私の気持ち」
「アッ、アリスの・・・？？」
　だからどうしていちいち驚くのかしら・・・と不思議に思いながら、アリスは頷く。
「私の部屋だけで愛でるのも、もったいないし。今日だけでも、ウルの部屋に飾ってみて？」
「あっ、ああウン。そうする。サンキュ」
　ウルは照れながらローナを受け取った。
その姿を見て、アリスの顔に思わず笑みが零れる。
「なんで笑うんだよ・・・」
「ううん。なんでもない」
　武骨なウルと、真っ白な汚れない花とではアンバランスな気がする。
けれど、実際こうしてみるとそうでもないのかもしれない。ウルが手にすると花がものすごく小さく見えて、その花は彼に守られているという感じだ。
そして花は、彼を癒す・・・。

　・・・・・・私もいつか、そんな花になりたいな。
あなたのそばで、ずっと咲いていられる花に・・・

　ウルが帰って少ししてから、アリスはマルガリータの部屋を訪ねた。
やっぱりローナの花を持って。
　マルガリータはちょうどシャワーを浴びていたらしく、体にバスタオルだけを巻いて出てきたのでアリスは驚いた。訪問者がウルでも、やっぱりその格好で現れたのかしら・・・と気になったりもした。
「ごめんなさいね。頭、ターバンまきだけど許して」
　いつもの服装に着替えたマルガリータだったが、髪を洗ったらしく、頭はタオルで巻いてある。
「私こそ、すみません。入浴中に来たりして。ただ、このお花を渡しに来ただけなんです」
「え？これ？」
「はい。今日のお礼に。マルガリータさんには励まされましたので・・・」
「ああ、そういうことね！ホント、アリスはいい子ね。ありがとう。とっても嬉しいわ」
「いえ・・・そんな・・・」
「ねぇ、アリス」
「ハイ？」
　マルガリータはローナの香りを楽しみながら、ベッドの上に足を組んで腰を下ろした。
「この花の由来、知ってる？」
「え？さあ？・・・あの女の子のおうちで作られたモノなんですよね？」
「そう。実はさ、さっき暇だったからあの花売り少女のところに行って、花のこと色々教えてもらったのよ。それでそのローナのことも教えてもらったの。なんでも、あの子のお父さんが若い頃、奥さんにプロポーズするために作ったものなんだって。奥さんの名前らしいわよ、その花の名前」
「うわあ・・・ロマンチックですね、とっても！」
「でしょう？それにね、花言葉もちゃんとあるのよ。��永遠に愛する�≠ｾって！」
「・・・永遠に、愛する？」
「うふふふー。アリスってば、私のこと永遠に愛してくれるの〜♪」
「ええ！？わっ、私はそんなつもりじゃっ・・・」
　マルガリータは、アハハと声を出して大笑いした。
「冗談よ冗談。ま、本来ならば相手が違うわよね？ね、アリス？」
「えッ」
「ウルにあげてきなさいよ〜♪男だってさ、女からもらったら嬉しいんじゃない？しかも永遠の愛の花だなんて」
「・・・。・・・」
　顔面蒼白のアリスに気付き、マルガリータは彼女の目の前に手をちらつかせた。
「どうしたの？アリス？ぼーっとして。顔色、悪いわよ」
「わ、渡しちゃいました。もう・・・」
「え？」
「その花・・・さ、さ、先程、ウルにあげちゃいました・・・」
　蒼白の次は、ゆでダコになった。
「えええ！？告ッたの！？」
「ちちちちちち違いますッ。私、そんな花言葉知らなくてっ」
「あ、そうか」
「どっ、どうしましょう」
　オロオロするアリスに、マルガリータは苦笑した。
「大丈夫でしょ。あの坊やが花言葉なんて知ってるわけないし」
「いいえ、たっ、たぶん知っています・・・」
　花売り少女と話し込んでいたあの時に、少女から教わったに違いない。だからアリスがウルに花を差し出したとき、彼の様子がおかしかったのだ。
しかも、『私の気持ち』だなんて意味深なことまで言っちゃった気がするし・・・。
とてもじゃないが、立っていられないくらい恥ずかしくなってきた。