| 〜 第４部 月に願いを… 〜 |
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第 27 話 |
胸騒ぎ（１） |
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「ダンゼルさん、どこへ行かれたのでしょうか」 部屋にある唯一の窓から、人間界とは違う空をマリエは眺めながら呟いた。 薄暗かった空も、今はすっかり光り輝いている。おそらく人間界で言う『朝』という時間だろう。 イルシア達がコーラルを助けるつもりで魔物の森へ入った時、人間界は夕陽が落ちる寸前で、ダンゼルと決着がついたときにはもう既に夕陽が落ち、夜の頃となっていた。 それなのにコーラルの家に戻ったら、時間界ではイルシアとマリエがこの家から飛び出した時のままの時間で、さほど時間が経っていなかった。 改めて、本当にここは時間が遅く流れている事を実感するのだった。 そんなことをボーっと考えていたイルシアの顔をマリエが覗き込んできて、再び同じ質問をしてきた。 「ダンゼルさん、どこへ行かれたのでしょう？」 「さあな。レイランには戻らないとして、どっか遠いとこに行ったんじゃないのか？あれだけ巫女さんに脅迫されたんだからさ」 頬を膨らませて、マリエはイルシアを睨み付けた。 「だから、あれは脅したんじゃありませんっ」 「・・・本当はさ、嬉しかったんだ」 「え・・・？」 「巫女さんが、『絶対、許さない』って言ってくれた時、特にね・・・」 イルシアは頭を掻いた。 素直に感謝したり喜んだりすると、どうして照れるんだろう。きっと昔は、自分は素直じゃなかったからかもしれない。感情を自分の中にしまいこんでいても、相手に伝わらない。昔だったらそれでも構わなかったけれど、今は違う。 彼女には伝えたいと思う。この思いを知ってほしいと思う。 マリエは俯いた。 「その・・・本当にそう思ったのです。復讐は愚かな事かもしれませんけど、そうでなければ生きる意味を失ってしまう・・・なんだかルーエルさんの気持ち、分かる気がしました」 「ルーエルの？」 こくん、とマリエが頷く。 復讐で生かされていた女、ルーエル。そう遠い記憶ではないから、まだ彼女の叫びは覚えている。 イルシアはマリエの髪を優しく撫でた。 「そんなコト考えるな。俺は簡単にやられない。巫女さんのためにもさ」 そう言って、彼女を抱き締めた。 しばらく寄り添ったままで、一階にいるコーラルがこの場に現れたら・・・とマリエが気になり始めてきた頃に、イルシアはようやく解放してくれた。 そして彼はふと、何かを思い出したような顔を見せる。 「そう言えば・・・」 「はい？」 顔を赤らめたままで、マリエはイルシアを見上げた。 「ぴよこってさ・・・」 ベッドの上で丸くなって眠っている、ネコほどの魔物を指差した。 「俺、あの時、意識が朦朧としててハッキリ覚えてないんだけど、確かアイツ、でかくならなかった？」 「なりましたよ」 それがどうした、という口振りに、イルシアは眩暈を覚えながら頭を振った。 「・・・。つ、つまり、そこで今、眠ってるのは・・・」 「ぴよこちゃんですけど？『イルシアさんを守って』とお願いしてある、ぴよこちゃんですわ」 「そうじゃなくて。つまり・・・、あの・・・虎角獣とか言う、デカ魔物に変身するのかッ、こいつ！？」 「デカ・・・？ああ、大きいっていう意味ですね。なるほど。そうとも言いますね」 「・・・」 イルシアは、ガクッとうな垂れた。 「き、聞いてないぞ・・・。あれが、あの猛獣と同一の生き物だったなんてー・・・」 「あら、イルシアさん。知らなかったんですの？わたくし、てっきり気付いているのかと」 「気付くかよ！！てんでまるで違う生き物じゃねえか！青虫とハエ喰うヤツが、あんな猛獣になるなんて誰が想像するよ！？」 今まで同じベッドで寝たり、擦り寄ってこられたり、頭を撫でていたりしていた自分を思い出したら、寒気がしてきた。 「大丈夫ですよ、イルシアさん。普段はこんなぬいぐるみみたいな姿をしている魔物さんですから。ほら、可愛い」 眠っているぴよこを抱き上げ、イルシアに差し出す。 ぴよこは寝ぼけまなこで目覚めた。 「わ、わああぁっ！わざわざ近付かせるなっ」 「ほらほら」 「うあっ。やめろっ」 ベッドにへたり込んだイルシアの上に、ぴよこが「ぴよぴよ」と鳴きながら、圧し掛かる。 「『イルシアさん愛してる』って言ってます」 「・・・げ」 この魔物とその主人であるこの女をどうにかしてくれ・・・と、誰にというわけでもなく願った。
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