| 〜 第４部 月に願いを… 〜 |
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第 26 話 |
邪魔者たち（５） |
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イルシアは黙った。 「・・・」 ふと、マリエがぎゅっと腕を抱えてきた。 そこから不安が伝わってくる。イルシアは彼女の顔は窺わず、そのままダンゼルを見据えた。 「あいつがもし戻ってきたって無駄だ。俺は彼女を守り抜く。絶対にな」 「・・・イルシアさん・・・」 マリエのか細い声の後、ダンゼルが薄く笑った。 「フフフ・・・。お前がマリエ様を抱いてしまえば、そんな必要はなくなるだろうが。生け贄の資質がなくなってしまえば、アサエル様が戻って来たとて無意味なのだから。だが・・・分かったよ。何も、子供に戻す呪術を施さなくてもいい方法をね・・・」 ダンゼルは肩に刺さっている剣を抜いた。傷口から血が噴き出す。 そして血だらけの短剣を両手で握り、切っ先をイルシアに向けた。 「お前がこの世からいなくなればいい！！」 声の限りを出しながら、ダンゼルは突進する。 イルシアはマリエが巻き込まれないように彼女を横に押しやって、身構えた。 剣を突き出された瞬間、イルシアはそれを避け、脇を通り抜けていくダンゼルの腕を掴む。後ろ首に手刀を入れると、ダンゼルはその場に崩れた。 イルシアは彼が落とした短剣を拾った。 「やめとけよ。あんたにはもう、戦える力なんてない。肩の傷、早く治したほうがいい。かなり深手だ」 「うぐ・・・」 跪き、両手を地面に突いているダンゼルの肩から、ぼたぼたと血が落ちる。 気力さえなくなった彼は、自らを治癒する事さえも出来ないようだった。その様を見てイルシアは、コーラルに治癒してやってくれと頼もうとした。 だがそれよりも早く、別の人影が動いた。 マリエだった。 ダンゼルの傷口をハンカチで抑えてやる。 「･･･マリエさ、ま・・・」 一番驚いているのはダンゼルだった。 「な・・・ぜ。私を生かすおつもりですか？あなたを呪った男を」 「別に呪い殺されたわけではありませんもの。思いのほか、子供の姿でも楽しかったですわ」 にっこりする。 傍らではそれを聞いているイルシアが、「嘘じゃないとこが怖いんだよな・・・」と胸中で呟いていた。 「私を生かせば、そのイルシアという男を殺すかもしれないのですよ・・・」 ｢その時は、わたくしがイルシアさんを守ります。それでももし殺されてしまったら、わたくしはあなたを絶対、許しません」 つい先程まで穏やかさをたたえていた緑の瞳が、鋭く輝く。 彼女は本気だという事が、ダンゼルにもイルシアにも分かった。 「復讐・・・ですか」 「復讐？」 ダンゼルに確認されてマリエは不思議そうに首を傾げた。しばらく考えてから、そうかもしれませんと頷いた。 「・・・本当に、よく当たると思うんですの」 「え？」 唐突な彼女の言葉にダンゼルは訝った。 「初めてガースッドの森で占ってくれた時よりも、神殿で占ってくれた時のダンゼルさんの占い、よく当たってました。それなのに、せっかく上達したのに、もったいないじゃないですか。それを生かす事ができずに死んでしまうなんて」 「・・・」 「魔界なんて求めなくても、この人間界にはあなたを必要としてる人、待っている人がいますわ。わたくしもその一人ですから」 マリエは満面の笑みを浮かべた。 「恋占い、またして下さい」 ｢マリエ様・・・」 温かな気持ちが体中に染み込んでくるような、そんな錯覚・・・いや、実際に感じているのかもしれない。女神の娘が抑えてくれている傷口から、ほんのりとしたぬくもりを感じる。 すっかり血に染まった布を、マリエはそっと剥がした。 「良かった。血、止まりましたわ」 止血処置もしていないのに止まったところをみると、マリエが治癒力を発揮したのだろう。但し、無意識にだが。 ダンゼルは、剣が突き刺さって破れたローブを広げて傷の様子を見てみたら、血が止まっているどころか、傷口まで塞がっていたのが分かった。 マリエはすくっと立ち上がると、小走りしてイルシアの前で止まった。じっと、イルシアを見つめる。 イルシアもそれを少し見返してから、すぐに視線を落としてふうっと溜め息をついた。 「・・・手、血だらけじゃないか、ほら」 ハンカチを手渡した。マリエはきょとんとして、 「怒らないんですか？」と聞いてきた。 「なんで」 「だって・・・」 イルシアを殺そうとした人間を助けたのだ。 昔、そういうことがあって、あの時彼は怒っていた。それは当然だろうが・・・。 「どのみち、俺もあいつを助けようと思ってたからな。コーラルに治癒してもらおうと思ってたし・・・」 「え？」 「殺すまでもないさ。巫女さんの言う通り、ダンゼルには生きる道がある。ここで簡単に死なれてたまるかよ。死ぬ事より生きることの方が難しいんだからな。こいつには生きて生き抜いて、ツライ目にでもあってもらわなきゃ、精神を破壊されそうになったこっちとしては割りがあわない」 本気か冗談か分からない口振りだったが、恐らく前者の方だろう。それを知ってか知らずしてか、マリエは「そうですよね」と微笑んだ。 「・・・いいのか？本当に、このまま生かしておいて」 二人の間に入ってきたのは、コーラルだった。 「また、襲いに来るかもしれんぞ」 「ま、大丈夫だろ」 と、自分でも呑気な事を言っていると思うイルシアは、マリエの頭の上にぽんと手を置いた。 「俺が殺されれば、こいつが許さないって『脅し』たんだ。これほど強力な脅しはないぜ？もう、手出しはしないだろ」 マリエは聞き捨てならないと、咄嗟にイルシアの方に顔を上げた。 「イルシアさんたら人聞きの悪い。脅しなんかじゃありませんわ」 「あれを脅しと言わず、なんて言うんだ？」 マリエの顔に顔を近づけ、半眼になって睨み付けた。 「わたくしはただ、正直な気持ちを告白したのですわっ」 頬を膨らませて怒っているマリエはさておいて、イルシアはまだ座り込んでいるダンゼルに視線を移した。 「とにかく、この巫女さんの復讐ってーのはどれだけ恐ろしいか想像も出来ないってコト、ダンゼルは分かってる筈だからな」 ダンゼルはゆらりと立ち上がった。 そしてイルシアと相向かう。 「・・・分かっているさ。女神の娘ゆえ、神の罰を受けるに等しいからな。賢い人間なら、わざわざ自ら罰を受けようとはしまい・・・」 「だな。きさまが賢い人間だって、遠くで祈ってるぜ」 「・・・。ああ」 背を向けたダンゼルは、ゆっくりと歩みながらイルシア達から離れていった。そして魔物の森から姿を消した。 第２６話 完 |
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