望みは空より果てしなく２

～　第４部　月に願いを…　～

第 26 話　

 邪魔者たち（２）
「マリエ様と一緒にいる男だ。共にあんたの所へ来た筈・・・」
「ふん、なるほどな。あの男がマリエの影天使とはよく言ったものだ」
「やはり、あんたの元にいるのだな」
　コーラルは素直に頷いた。
「ああ、いるよ。だがな、無理だ。お前さんには手出しのできない場所に居る。いくらこの森を彷徨っても、あやつらには会えぬ。それにもう手遅れだと思うが？」
「どういう意味だ」
「ダンゼル・・・とか言ったか？あの影天使はお前の素性を調べ上げ、ノーガスとかいう黒幕のことも知っているし、何よりお前がマリエにかけた呪術は、つい先程私が解いてしまった」
「・・・くっ・・・。ならば、また呪術をかけるまでだ」
「無理だろ？私と影天使の目が黒いうちはな」
　さも面白いようにコーラルは嘲り笑った。
ダンゼルはぐっと、拳を握る。
「・・・あんたほどの魔女なら分かるだろう。私がアメシア教の黒呪術を使っている事を」
「ああ。お前は、アメシア教の信者だろ」
「ならば、なぜ邪魔をする？あんたは我々と同類だろう？魔物を操っているのだから、魔人の血でも流れている筈」
「ふふ、察しが良いな。だが、魔人の血が流れているからとて、アメシア信者に肩入れするつもりは毛頭ないが」
「なに・・・」
　ダンゼルは意外そうに目を見開いた。
「マリエ様は、魔界の扉を開く為の生け贄なのだぞ！その事だって、あんたは分かってる筈だ！」
「そんなことは、私には興味のないことだね」
「・・・。こんな、こんな愚かな人間の世界などより、魔界を求めようとは思わないのか」
「遠い昔は考えた事もあるな」
「ならば！」
　コーラルはゆっくり、首を横に振った。
「今では、穏やかな時の中で余生を過ごす事しか考えられぬ。それより、お前の考えている事が分からんのだが？マリエを生け贄にするのに、なぜ子供に戻す呪術などかけるのだ。そんなことをしなくとも手っ取り早く、彼女を呪術で拘束していれば、生け贄にできただろうに。こんな鬼ごっこをせずともな」
「・・・。あんたに言う必要はない」
　目の前の老婆は、もう自分の味方にはならない。ダンゼルは魔女を敵とみなした。
その思いが伝わったらしい。コーラルが肩を竦める。
「フ・・・。別に言いたくないのなら構わぬよ。しかしなダンゼルよ、これだけは言っておこう」
　そして自分よりも遥かに若いその男を見据えた。
「お前は普通の人間で、そして占星術に長けている男。この人間界を魔界などに変えなくとも、世のため人のために生きていく事ができるではないか。そんな無駄で破滅的な理想に、時間を費やすのはもったいないとは思わぬか？」
　諭すような口調だった。
と言うより、もう戻りはしない自らが過ごしてきた時間を、懐かしがっているような・・・そんな感じだった。だが、ダンゼルは嘲笑じみた表情を浮かべた。
「無駄だと？かの世界を実現させるためなら、いくらかかってでも時間など惜しまない。・・・だが、時間が経ち過ぎた」
「ほう？時間が？」
「ああ・・・」
　言葉の続きを待っているコーラルを睨みつける。
「話がすぎたようだ・・・。つまりあんたは、マリエ様を引き渡さないということだな」
「引き渡さないも何も、彼女自身、生け贄になりたがってはいないのでな」
「そうか。では、こちらも力ずくでやるしかない・・・」
　ダンゼルは双眸を光らせた。
「・・・。この森や魔物達を傷つけるつもりかい？それならやめておいたほうがいい。無駄な事だ」
　言いながらダンゼルから視線を外し、横を見やる魔女につられてダンゼルも視線を動かした。
コーラルはふと苦笑して、
「・・・ダンゼルよ、お前の言う通り、人間というのは本当に愚かな生き物だよ」
　と呟く。
その言葉の意味が理解できなかった・・・が、視界に映し出された二つの人影を見てダンゼルは納得した。
「朝まで出るなと言っておいたのに・・・。自ら、姿を現すとはね」
　そう言って、コーラルは呆れた。
　影はこちらに歩み寄ってくる。
イルシアとマリエだった。


　コーラルとダンゼルの居る位置を線で結べば、ちょうど三角形になる位置でイルシアは立ち止まった。
その後ろには、彼の肩ぐらいまで背が伸びたマリエがくっついている。
　呪術が解けている事にダンゼルは舌打ちしたのだが、威圧的な視線を射抜いてくるイルシアを改めて見てハッとする。
（・・・あの男は・・・）
　知っている。見たことがある。
あの男を知っている・・・だが、あの男は気付いていないのか・・・。
「なぜ来た？わざわざ、生け贄を捧げに来たのかい」
　呆れた口調で問うてくる老婆に、イルシアは視線だけを魔女に向けて「そんなわけないだろ」と答えた。
「本当は、コーラルの助っ人に来たつもりだったんだけどな。そいつがダンゼルってヤツなら、それだけじゃ終わりそうもないよ。俺達自身、こいつと決着をつけなくちゃいけないんだ。追われてばかりじゃ、こっちだって、いつまでたっても落ち着けないからな」
「それで自ら、姿を現したってわけかい」
　イルシアは無言で頷いた。
そしてゆっくりと、呪術師に振り向く。
「・・・きさまがダンゼル・・・らしいな。やっと、お目にかかれて光栄だ」
「私も光栄だよ、二度も会えるとは。しかもあんたが『影天使』だったとはね・・・」
「・・・影天使・・・」
　王都から旅立つ前、月影族長老にも言われた言葉をイルシアは繰り返し呟いた。
月影族は、月の女神ルーナを守っていた『影天使』だったのだろうという眉唾物の話など、すっかり忘れていたため、今ここでその言葉が出てくることが妙に気味が悪い。
それにダンゼルの言う「二度も」というのはどういう事なのか。こちらの思考を錯乱させようとしているのかもしれないので、イルシアはそれ以上追及しようとしなかった。
　だが傍らで、目を丸くしているのはマリエだった。
「イルシアさんが・・・、わたくしの影天使？わたくし知ってますわ！影天使って、神々の守り人と言われてる天使さんですよね。まあ、それがイルシアさんだったなんて」
「俺がお前の守り人なわけないだろ。あんたの守り人はルーナなんだぞ」
　そういうイルシアに、マリエはぶんぶんと頭を横に振った。
「思い出したんですけど昔、父様が言ってましたもの。自分は本物の影天使じゃないけれど、人間界での母様の守り人・・・つまり影天使は父様だったんだって。イルシアさんが影天使って事はやっぱり、父様達のようにわたくし達も結ばれる運命にあるのですわね、イルシアさん」
「そんなこと言ってる場合かッ！！」
　イルシアは、独りでのろけている呑気な巫女を叱咤した。
「結ばれる・・・？」
　意外にも敏感に反応したのは、ダンゼルだった。
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