| 〜 第４部 月に願いを… 〜 |
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第 24 話 |
あらがえない運命（５） |
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マリエは、コーラルの後ろで見守っているイルシアに手を差し伸べた。 イルシアはその手を握った。 「イルシアさん・・・」 「うん。ここにいる。巫女さんが戻るまで」 ぽん、と頭に手を置かれたマリエは、満面の笑みを浮かべながら瞼をゆっくり閉じる。 「戻ってきます。わたくしの・・・本当の・・・姿・・・に」 そのあとにまだ言いたい事があったのかは分からないが、マリエは意識が何かに吸い込まれるように眠ってしまった。 「もう眠ったのか？ホルビイの葉って、すごい即効性なんだな」 「まあな。昨夜、煮ながら眠りの魔法語もかけておいたせいもあるだろうね」 「・・・」 今更ながら、コーラルが本当におとぎ話に登場する魔女に見える。 コーラルは両手をマリエの体の上に乗せた。 「では、はじめるぞ」 「ああ、頼む」 イルシアの頷きと同時に、魔法語を詠唱し始める魔女。 全く解読できない言葉の羅列だった。 忘れられた時代よりも、もっと以前に使われていたという言葉。 しかも魔界で使われていた言葉。 もしその時代にその世界にコーラルやバイブが生まれていれば、彼女達は誰からも畏怖される事も邪険にされることもなかったのだろう。皆が皆、魔法語を扱えるのだから。 （そうか・・・、これがコーラルの言う運命か） イルシアは胸中で呟いた。 いつの時代に生を受けるのかは、誰しも自分で選ぶ事は出来ない。どんな血を受け継ぐのかも選ぶ事は出来ない。 それは運命だから。 自分自身で決められるのは、一人一人がそれぞれ持って生まれた境遇の中で、いかにどう生きていくかということだ。 たとえ望まない未来であったとしても、目の前の老婆はそれを受け止めてきた。人間を否定せず、自分は迫害の対象だと認め、それでも必要とされれば手を貸す・・・。 あまりにも聡明すぎるとイルシアは思った。 コーラルが聞けば、運命を諦め切ったしがない老婆のなれ果てだ・・・と言うかもしれないけれど。 「う・・・」 突然、マリエの顔がほんの少し歪んだが、コーラルは詠唱を続ける。 確実に、魔女の魔法語がマリエの体に浸透しているようだ。 その証拠に、マリエの体から黒い霧のようなものが立ち上り始めた。恐らくそれが、ダンゼルがかけた呪いの根源たるものだろう。 霧は体の上を漂いながら段々薄れ、消えていく。 その最後の霧が消えた瞬間、マリエの体を包むようにコーラルの手から光が放たれた。 イルシアはマリエの具合が心配で様子を窺っていたが、ひどい苦痛などを感じているわけでもないらしく、安らかな寝顔だったので安堵する。容姿は相変わらず、幼女のままだが。 その時、突然周りの風景を弾くように、マリエを取り巻いていた光が正視できない程の眩しさを放った。イルシアは咄嗟に瞼を閉じた。 「くっ！」 さすがのコーラルも眩しいらしく、詠唱を止め、後退りする。 光から逃れるように隣りにきた魔女に「大丈夫なのか？あいつ」と、イルシアは訊ねた。 「少し・・・効果がありすぎたようだな」 その答えにイルシアは眩しさに目を細めながら、不安に思った。 （まさか魔法語が効きすぎて、年寄りになったりしないだろうな・・・） 半信半疑の視線をコーラルからマリエに移す。 白い光の中で、マリエの姿は影絵のように映って見えるだけだったのだが、その姿が徐々に変わっていく様子は窺えた。 横たわっていた幼い体は、ゆっくりとではあるが、明らかに背丈が伸びているのが分かる。 「なんとか元の姿に戻ったようだ」 とコーラルが呟いたら、マリエを包んでいた光は何事もなかったかのようにすぐ消え去ってしまった。 それでやっと、彼女の姿が確認できた。 「・・・。マリエ・・・？」 恐る恐るベッドに近付いて、マリエの顔を覗いてみる。 はしばみの髪が枕に広がっていた。幼い時よりも長い。 顔の輪郭も長い睫毛も、整った唇も、イルシアの知っている十九歳のマリエだった。 「異常はない。脈も正常だ」 見入っていたイルシアは魔女の声で我にかえった。 「眠ったままだけど・・・いつ目を覚ますんだ？」 「夕方には起き上がれるだろうよ。ただ、小さな体から急に大人の体に戻ったから、精神と体が馴染むのに時間がかかるかもしれないが」 「そうか・・・。・・・コーラル、ありがとう」 コーラルは、微笑んだだけだった。 そしてマリエの体にシーツを掛けてやり、ドアに向かって歩き出した。 「悪いがイルシア。留守番を頼むよ」 「え？どこかへ行くのか？」 マリエを再び覗き込んでいたイルシアは、怪訝そうに魔女の方に振り向いた。 「また、魔物の森に侵入しようとしている者がいるようなのでな。ちょっとばかり様子を見てくる。お前達は危険だから、私が戻るまでこの世界から出てはならないぞ。侵入者と魔物らの戦いの巻き添えを喰うかもしれぬからな」 「そんなに手強そうな奴なのか？」 「どうだろうね。まあ、面白半分で侵入してくる輩が多いからな。だいたいの人間は魔物を見て一目散に逃げてしまうさ。それよりイルシア、昨夜はろくに眠ってないのだろう？マリエは放っておいても大丈夫だから、少し眠った方が良いぞ」 「・・・ああ、そうする」 コーラルの言う通りだった。 昨夜は気持ちが逸って、ほとんど寝た気がしなかったのだ。 魔女が出て行って扉の閉まる音がすると、イルシアは気が抜けて、もう一つのベッドにぺたんと座り込んでしまった。 「良かったよ・・・。ホントに良かった」 胸を上下に抑揚させながら、すやすやと眠っているマリエを眺め、ホッと息を吐いた。どの姿でもマリエには変わりはないのは確かなのだが、やはりこの姿を見ると安心する。 「これで、レイランに戻れる」 嬉しい筈なのにそれを考えると気分が重い。 つらい事しか、あの街には待っていない気がするのだ。 「・・・。今は、今だけは、考えるのはよそう・・・」 今はとりあえず眠ろう。 そう思ったら眠気を急に感じはじめたので、イルシアは寝転がった。 重たくなった瞼を閉じる。 窓から吹き込んでくるさわやかな風は、イルシアに眠りを誘ってくれたのだった。 第２４話 完 |
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