望みは空より果てしなく２

〜　第４部　月に願いを…　〜

第 23 話　

 魔女の行方（１）
　降り出した雨は雨足を強め、魔女がいるというトロンベスタへ向かうイルシア達の足を止めた。
しかしイルシアにとっては、ちょうどいい機会だった。
ダンゼルの存在を懸念し、道中急いで歩き続けていたので、そろそろここらで休養を取ろうと思っていたのだ。
　特にマリエの体調が気掛かりだった。
小さなマリエにはかなりきつい徒歩だった筈だ。だがイルシアの焦りを感じてか、彼女は不満ひとつ漏らさず黙ってついてきてくれた。
「今日は、ここに泊まるんですか？」
　灰色に染まった空を窓辺から覗きながら、マリエが訊ねてきた。
「そうだ」と頷くと、マリエは安堵したような顔を見せた。
「・・・。ごめんな、疲れただろ？」
　少し不思議そうな顔をしてからマリエはにっこりして、首を横に振った。
「わたくしの呪いを解くためですもの。イルシアさんが謝ることありませんわ。イルシアさんこそ、疲れてるのではありません？」
「いや、俺にとっちゃ、いつもの巡邏と変わりないからな。どうって事はないんだけど・・・」
　ダンゼルの存在の重大さに気付き、慌てている自分を情けなく思っているイルシアは、マリエを振り回しているような気がして申し訳なく思っていた。
「ま、とりあえずメシも喰ったし、巫女さんは先に休んでろよ」
　イルシアはマリエの頭にぽんと手を乗せ、部屋を出て行こうとする。
「どちらへ？」
「情報を仕入れてくる」
「もう夜なのに？」
「夜だからこそ、人が集うところがあるからな」
　その言葉に、マリエはぽんと手を打った。
「あ。この階下の酒場ですね」
「ああ。いくら雨とはいえ、ここはラーバ国の王都だ。酒を食らいに来る奴は大勢いるだろう」
　イルシア達はラーバ国に入国してからというもの、どこの街や村にわき目もふらず、この王都まで向かって来てしまったので、そろそろトロンベスタにいるという魔女の情報を集めなければならない。
　だがイルシアは、そう手間はかからないと考えている。
なにせ、別大陸にいる者でさえ知っている伝説の魔女なのだ。
伝説の元であるこの国の人々が知らないわけがない。きっと、詳しい事も知っている筈だ。
「じゃあ、行ってくる」
　と言うイルシアの手を、マリエが掴んだ。
「ん？なんだよ」
「わたくしも連れてって下さい。ここにいても、つまらないんですもの」
「・・・。子供連れなんかで、酒場に行けるかよ」
　手を振り払って、「ぜーったいに連れて行かない」と断言したら、マリエはしばらく考え事をして「分かりました」と、意外にもすんなり頷いた。
　イルシアは、やけに素直だな・・・と訝しがっていると、
「もし、イルシアさんがいない時、ダンゼルさんが襲いかかって来たら、わたくし独りで対処できるかしら・・・」
　などとわざとらしく、イルシアに聞こえるよう独り言を呟いてきた。
イルシアに背を向け、
「あー、どうしようかしら」と繰り返す。
「・・・いやらしい奴だな・・・」
　一番気にかけていることを突き出してきて、こちらの反応を面白がっているマリエを睨み付けた。


　案の定、酒場は半分以上の席が埋まっていた。
だいたいがこの階上の宿に泊まっている人間ばかりのようだが、それでもこの雨をかいくぐって外から来た客もいた。
　イルシアの後ろのテーブルで飲んでいる中年の夫婦は常連らしく、マリエを見るなり、「おやまあ、今夜は可愛いお客さんが来ているよ」と談笑していた。
「えーと、俺はビール。こいつには何か適当に、ジュースとお菓子でも持って来てやってくれ」
　と十七、八歳位のウエイトレスに注文したら、彼女は『こいつ』を見て、
「うわぁ、可愛い女の子！お客さんの子供ぉ？」と、感激している。
「えっ！？え・・・ああ、まあね」
　否定するのが面倒だったので頷いておいたが、こんな小娘から見れば十歳の子持ちに見えるのかと・・・と落胆してしまうのだった。というか、幾つに見られてるんだろう・・・と不思議に思ったりもした。
　店員に頭を撫でられている『こいつ』・・・いや、マリエは、イルシアの腑に落ちない表情を見て密かに笑っていた。それに気付いて、イルシアの顔が更に仏頂面になる。
「あ、ちょっと待って」
　厨房に戻りかけたウエイトレスを、イルシアは呼び止めた。
「なんですかー？」
　可愛いもの好きの店員は、またマリエが見られるとご機嫌な顔で振り向いた。
「実は俺達、これからトロンベスタに行くんだけど、噂ではそこに魔女がいるって聞いたんだが・・・」
「魔女ぉ？」
　不思議そうな視線でイルシアを見返してくるので、心の中でイルシアは溜め息を吐いた。
この人は魔女のことを知らない、と悟ったからだ。
「すまない。知らないならいいんだ」
「やーね。知ってるわよぉ？」
「へ・・・」
「ねえねえ、本当だったらー、どーするわけぇ？」
「・・・」
　この娘と話すのは、間延びした口調のマリエと喋る時よりも疲れる・・・。
「娘が怖がっててね。魔女がいるなら、トロンベスタに行きたくないって言うんだ。それじゃあ、誰かに聞いて真偽を確かめようってことになって」
「あー、それであたしに白羽の矢が立ったってわけねぇ！」
　見当違いだったけどな・・・と、イルシアは心で悪態をついていた。
ウエイトレスはマリエの頭を再び撫で、「だーいじょうぶよ。あの街はねー、マーラ神殿のお膝元なんだからー」
「神殿？」
　マリエは、つぶらな瞳をぱちくりとさせた。
「そーよー。女神マーラ様が奉ってあるのぉ。怖くなんかないのよぉ。神聖なところなんだからー」
　イルシアとマリエはこの大陸に着いてから知ったのだが、このファリア大陸では、二つの神が信仰されていた。
　女神マーラと、男神ラマイスである。
主にラマイス神が信仰されているようだが、このラーバ国ではマーラの総本山があるだけあって、ほとんどの人がマーラを崇めていた。
「それで・・・、魔女さんはいるんですか？」
　マリエは店員に確認のために訊ねると、店員は笑った。
「大丈夫、大丈夫。ただの伝説よぉ。魔女がいるっていうのはずーっと昔から言い伝えられてるだけで、その姿を見たことある人間なんて聞いた事ないもん」
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