「・・・ほんとに、ほんとにいいんです？ファナさんをほったらかしにして・・・」
「・・・」
改めて聞かれると返答しづらい。
特にマリエの澄んだ瞳に問われると、嘘などつけない。
「追いかけてあげて下さい」
「え？」
「このままじゃ、ファナさんはずっと傷ついたままです。そんな思いのまま生きていくなんて辛すぎます。・・・ファナさんのイルシアさんへの思いはわたくしと一緒だから、痛いぐらいに分かるんです、わたくしには」
「巫女さん・・・お前・・・」
イルシアは驚いた。
マリエも彼女の気持ちに気付いていたのだ。
「恋している乙女は、恋敵が誰だかすぐ分かってしまうものですわ」
マリエは、そっと微笑んだ。
「わたくしに気兼ねしないで行って下さい。ね、イルシアさん」
「しかし・・・」
「イルシアさんだってずっとこの先、ファナさんの事のしこりが残ったままになってしまいます」
「・・・」
それでもまだ決めかねているイルシアの大きな手を、マリエは両手で包んだ。
「ぜひ、誤解を解いてきて下さいな。だって、大好きなイルシアさんが変人だと思われたままでは、わたくしも辛いですもの」
そう言って、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「・・・巫女さんに言われたくないぜ」
マリエの頭をくしゃくしゃに撫でて、イルシアは苦笑いを浮かべた。
そして彼女の体を離すと、彼は出て行った。
ファナを追いかけて。
どうしてこんな事になってしまったんだろう、とファナは自問する。
あの兄妹の事に関しては何も言わない、何も知らない、そして何も見ていないふりをするつもりだった。自らの胸に秘めたままいれば、お互いになんのしこりもなく、さよならする事が出来たのだから。
それが衝動的にも近い叫びを彼に向かって吐いてしまった。
それはひどく嫉妬したせいだとは分かっている。
こんなことで自制をなくす自分が悔しいと思った。嫉妬なんかで。どんどん膨らんで、憎しみに変わっていきそうな気さえした。
（もう、誰も憎みたくなんかないのに・・・！）
そう思ったとき、ファナは気付く。本気でイルシアのことを想っている自分に。
カイルを慕っていた時とはまるで違う想い。
カイルがリリアナ姫との婚姻が決まった時、多少なりともショックを受けたが、その一方で喜ばしく思っていた。彼らの幸せを願うくらいだった。
それが今はどうだろう。
ほんの少しであったとしても、イルシアとマリエに憎しみの心を抱いてしまった自分がいる。
ますますファナはそんな自分自身が嫌になる。
そしてイルシアを本当に好きだという事実に悲しくなる。
知らず知らず頬に伝っていた涙を、ファナはぐいと拭った。
ファナは部屋には戻っておらず、どうやらあのまま外に出て行ってしまったようだった。
この港町はさほど大きくはないのだが、人ひとりを捜すのは一苦労するだろうと思いながらもイルシアは彼女を捜す事にした。
しかし聞き込みをしながら捜したら案外、簡単に見つかった。
彼女は船着場にいた。
ファナはイルシアに気付いて、目を丸くしている。
「イルシア・・・」
「楽な人捜しだった。美人が泣きながら走ってたって、みんな教えてくれた」
軽口めいた口調で言ってみると彼女は「・・・泣いてなんてない」と、顔を背けた。その横顔はすっかり闇に染まった空と同じく翳っていたが、月の光で頬に涙の跡が窺えた。
「なんで、追いかけてきたの」
「君には本当の事、全部言っておいたほうがいいと思って」
「言い訳？あなたはマリエさんが好きなんでしょう？そのことに何の言い訳があるの。実は異母兄妹とかなんとかって事？」
「・・・まあ、そんなとこだ。だけど俺の言うことを信じるか信じないかはファナ次第だから。無理に信じてくれとは言わない。ただ、聞いて欲しいんだ」
ファナは何も言わなかった。言い訳を聞いたところで、イルシアがマリエを好きだと言う事に変わりはないのだ。だが、それでも心の底では聞きたいと思う自分がいる。
なぜ妹なんかを好きになってしまったのか・・・。
興味本位とかじゃなく、好きな人の事だからこそファナは知りたいと思った。
ファナは聞いてくれそうな感じだったので、イルシアは続けた。
「・・・俺とマリエは兄妹なんかじゃない。血なんて繋がっちゃいない、赤の他人だ」
「兄妹、じゃない？」
イルシアは頷いた。
「あいつは、れっきとした次期宰相エラマ様の御息女だが、俺は彼女の護衛に任命された、ただの護衛屋」
ファナは眉をつり上げ、イルシアに詰め寄った。
「兄妹じゃない？よくそんな見え透いた嘘を。レイラン出身のリリアナ姫だって、あなた達をカウンソン家の兄妹だと認めていたじゃない。姫はエラマ様の事をよくご存知のはず」
「リリアナ姫と相談して決めた事なんだ。ここでは兄妹として振る舞うようにと」
イルシアのその真摯な瞳は、真実を言っている。
「・・・じゃあ、姫は初めから知っていた？なぜそんな事をする必要が？」
「俺の素性を隠すためだ」
「あなたの？」
「おかしいと思わないか？あいつは后候補で、レイラン王族にとっては大事な女性なのに、国王に忠誠を誓った騎士でもない俺を彼女の護衛にさせるなんてさ。たった二人きりで旅をさせるんだぜ」
たとえ報酬として大金をつまれて雇われたとしても、所詮は男と女だ。あらぬ気を起こして、マリエに手を出すかもしれない。そんな危険を国王が許すわけがない。
だが、現にイルシアを護衛にさせている。
「騎士でもないのに国王から信頼を得ているあなたは、いったい何者・・・？」
「詳しい事は言えないが・・・、ファナと似たような仕事をしてる」
ファナはぱっと目を見開いた。
「まさか・・・間者・・・なの！？」
「俺達の存在は、他国に知られてはまずい事なんだ。だからカイル王子達に詮索されないよう、俺と彼女の関係を偽る必要があった」
「だから、あんなに身軽だった・・・？」
ルーエルの屋敷の様子を窺いに行った時の、彼の身軽さを思い出した。
だがファナはまだ茫然として、信じられない面持ちをしていた。
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