| ～ 第３部 悲しみの果て ～ |
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第 21 話 |
嘘と想いとさよなら（４） |
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イルシア達が港町ザイドに到着したのは、ちょうど夕飯時だった。 とりあえずは宿に落ち着こうということで、町で一番高級な宿屋を借りた。もちろん、ハーバノン王家の取り計らいである。部屋も立派なものだった。 真っ赤なフワフワの絨毯に、座り心地の良い革張りの椅子、極上の絹で織られたカーテン。どれをとってもイルシア達が普段泊まる宿にはないものばかりだ。 食事も給仕係がわざわざ部屋まで運んできてくれたので、ファナと一緒にイルシア達の部屋で食べた。その文句の言いようのない美味しい食事にマリエは満足すると、すぐにベッドに入って眠ってしまった。その小さな体で一日中、馬に乗り続けていたせいだろう。すっかり疲れてしまったらしい。 体に掛かっていた掛け布団がベッドから落ちていたので、イルシアが拾って掛け直した。 「ったく。ホントに子供だな」 マリエの安らかな寝顔に呆れているイルシアを、ファナは食器を片付けながら見ていた。 彼が眺めている十歳の子供は、本当は十九歳だった。 そうと聞いたせいだろうか。 なんだかイルシアのマリエを見る視線が、いっそう愛しそうに見えてしまうのだった。 そして、心が苦しい。 こんな気持ちを抱きたくないのに、拭い去れず増していくばかりだ。 そう。これは嫉妬・・・・・・ 言葉にならないその溢れる思いが、ファナの心の中で渦巻き始めた。 ファナは、皿を重ねていた手を止めた。 「・・・ねえ、イルシア」 「ン？」 イルシアはマリエの枕元にある蝋燭の火を消してから、テーブルの方に戻ってきた。 「あなたの彼女、レイランに居るんだよね？」 「え？・・・ああ、そうだけど」 確か以前にそんな事を言ったような気がしたので、イルシアは気にせずすんなり頷いた。 「それ、本当？」 「・・・？」 「本当にレイランで待ってるの？」 真剣な表情のファナにイルシアは訝しさを覚えながら、 「どうしたんだ？急に・・・」 と戸惑っていた。 そんな事を聞いてどうするのか、見当もつかなかったのだ。 ファナはイルシアを見据えた。 「あなたの好きな人はレイランなんかで待ってない。本当は・・・本当はすぐそばにいるんじゃない？」 イルシアは何も言えなかった。 図星だという困惑もあったが、なぜ急にそんな話を持ちかけてきたのかという疑問符がイルシアの中で飛び交っていた。彼女の意図が分からない。 「いつか、あなたの恋人を見せてくれるって約束したよね。でもその必要はない・・・。そうでしょう？だって私、もうその人の事知ってる。だってイルシアの恋人って・・・マリエさんのことだもの！！」 「なんだよ、ファナ。いきなりそんな話・・・。だいたい、マリエは俺の妹だ。そんなわけが・・・」 ないだろ、と言う前にファナは頭を振った。 「私・・・私ね、見ちゃったから」 打ち明ける決心をしたファナは、大きく息を吸い込んで低く震える声で続けた。 「キスしてるところ。ふたりが」 「え・・・」 イルシアは目を見張った。 忘れもしない。あの日。 考えるよりも先に、マリエに顔を近づけた自分に驚いた。 しかし後悔はしていない。自分の気持ちをただ、マリエに伝えたかっただけなのだから。 どんな姿でも彼女を愛しているんだと。 だが、ファナに見られていたとはついぞ気付きもしなかった。 「イルシアが話してたオーディダの恋人とマリエさんが似てるって時々、思ってたけど・・・当たり前だよね。同一人物だったんだから」 「ファナ・・・」 あの場面を見られていては、どんな言い訳も通用しないし、弁解の余地はないとイルシアは観念した。だから正直に自分の気持ちを伝えるべきだと思った。 「確かに・・・、確かにファナの言う通りだ。俺は、あいつの事が好きだ」 諦め切ったイルシアの口調に、ファナの表情が強張った。 やはり事実だった・・・という虚しい思いが過ぎる。実際、本人から直接聞くと、ショックはまた倍になって返って来る。 厳しい表情で、ファナはイルシアを見据えた。 「何考えてるのよ。妹に手を出すなんて」 「・・・」 イルシアは押し黙っている。 そんな彼をファナは軽蔑し、そして失望した。それに彼に淡い思いを抱いている自分自身、悲しくなってきた。 「・・・最っ低！」 そう叫んで、彼女は部屋の外へ駆け出していってしまった。 イルシアは呼び止めようとしたが、できなかった。 途方に暮れてその場で立ち尽くしていたが、どうしようもなくなって我に返った。 そしてファナが飛び出しざまに落としていったスプーンとフォークをのろのろと集め、テーブルの脇に寄せた。 あとで宿の従業員が下げに来てくれる筈だ。 「イルシアさん」 ぎくりとして、イルシアは振り向いた。 ベッドから這い出て、マリエがこちらを見つめていた。 マリエの心配げなその顔で、彼女は今の話を全部聞いていたと察知できた。 「・・・俺がいけなかったんだ。巫女さんにあんな事してしまったから」 「イルシアさんだけが悪いわけじゃありません。わたくしだって、イルシアさんからあの時、逃げませんでした」 マリエはばつが悪そうに、そして気恥ずかしそうにイルシアの体に頭を傾けた。背が低いので、イルシアの腰のあたりにあたる。 イルシアは、その彼女の髪を優しく撫でた。 「ファナさんに本当の事、教えてもいいんじゃありませんか？だってイルシアさんはファナさんの事、信頼してるって言ってましたでしょ。わたくしもファナさんになら、兄妹じゃないってこと言ってもいいと思うんです」 「元々、俺が月影族だということを隠すために兄妹偽装してるんだ。それをファナに教えることは、俺の素性が疑われるってことだ。それはできない」 「ですけど・・・」 「もういいんだ。どっちみち、彼女とはここでお別れだから。きっとこの後、もう会う事もない。どう思われようと気にすることないよ」 そうやって割り切って言うイルシアが寂しく思えたし、無理をしているようにマリエは感じた。 |
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