| 〜 第３部 悲しみの果て 〜 |
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第 16 話 |
かくなるうえは！（４） |
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「そう言えば、ガフスはどうしたんだろう」 その死ぬほどマリエの事を心配した原因である、あの男の存在をイルシアは思い出した。彼女を狙いに、この御殿へ乗り込んでくる筈だ。 イルシアの疑問にファナが答えてくれた。 「さっき、リリアナ姫の近衛隊から聞いたんだが、ガフスらしき侵入者があったらしいよ。どうやらマリエさんの不在に気付いて、そのまま逃げたらしい。宝物庫も荒らされた形跡はないそうだ」 「マリエと入れ違いだったわけだ。今頃、娼館に戻って驚いているだろうな。『ユーリーの館』と化してる建物を見て」 そんな軽口を言っていたら、庭園の方が騒がしくなり始めた。爆音が数回、鳴り響く。 「賊だーッ！」 騎士の一人が、その騒ぎの方から走ってきた。イルシアは即座に荷車から飛び降りる。 「どうした！」 「先程の侵入者がまだ、木陰に隠れ潜んでいたんだ！催涙や催眠の粉をばらまく上に、爆薬を扱う男だ・・・あちらで皆、苦戦している！」 「薬使いってことは・・・ガフスか。まだ潜んでいやがったんだ。図体がでかいくせに、やることはせこいな」 呟くイルシアの横を、マリエが通り過ぎていった。その後ろをぴよこが追いかけている。 「あっ、コラ！どこ行くんだよ！？」 「そのガフスさんて方、わたくしに会いに見えたのでしょう？でしたら、こちらから伺って差し上げようかと・・・」 「・・・。めでたい頭してるよ、あんた・・・」 こめかみを抑えた。 「いいじゃない、イルシア」 「ファナ・・・」 いつの間にやらマリエの味方になってしまった彼女に、イルシアはやめてくれと青褪めた。 「ガフスって奴に、恐ろしい思いをさせてやればいいんだ」 娼館でガフスの罠に引っ掛かったことを、ファナはかなり根に持っているようだ。 ささやかな復讐心の花が咲いているらしい。 「しかし、あいつは強い薬を使う。俺達だって、あんなにすぐに効き目があったし・・・」 「あれは不意を打たれたからだ。それに私が思うに、あいつより彼女の方が強いと思うけどな」 「そうかな・・・」 「とにかく、私達が援護すれば勝てる」 ファナの言うことも一理あるし、何よりマリエの姿が小さくなっていたので、仕方なく彼女を追いかけて庭園へ急いだ。 その庭園の方角で、爆音と共に空を貫くような大きな火柱が立った。 「あれはっ！？」 夜空が赤く染まる瞬間を、イルシアは生まれて初めて見た。 「庭園の木々が燃えてる！」 「この屋敷もろとも燃やす気じゃねーだろうな」 イルシアとファナが駆けつけた時には、地面に倒れ付した騎士や兵士が数人いた。すかさず、ファナが彼らの容体を確認する。 「大丈夫。みんな生きてる」 火の粉が降り注いで、火傷を負っているがさほど酷くはない。 「やることが派手なわりには、全然殺傷力がないんじゃないか？あいつの爆薬･･･」 「イルシア！あれ見て！」 ファナの指差す先を追うと、轟々と燃えている木を背後に、向かい合っている二つの人影が見えた。無駄に体の大きい男と、小さな少女。そんな彼らが対立しているのを目にしたら、誰もが異様な光景だと思うだろう。少女が大男に戦いを挑んだところで、勝てるわけがないのだ。 当然、当人であるガフスもそう思っているのは間違いなく、 「やっと見つけたぞ、お嬢ちゃん」と、失笑している。 「さ、おとなしく金の像を渡してもらおうか」 ガフスは低い声でゆっくりと呟いた。 「そんな事を言われましても、わたくしの手元にはございませんけど？」 しれっと言い除けられので、ガフスは少々顔をしかめた。 「嘘つけ。いいか？さっさと出さねーと、この爆弾で屋敷全部を木端微塵にしちまうぞ！こんなふうにな！」 ガフスが爆薬をマリエの近くにある木の根元に向かって投げると、小さな爆音と共に木が一気に燃え出し、炎が風でゴウッと揺らめいた。 火の粉がマリエの上に舞う。 「マリエさん！」 ファナが剣を引き抜き、援護に駆け出そうとしたが、イルシアに手首を掴まれて引き止められた。 「ちょっと！イルシア、何するんだ！」 「大丈夫だ。あの脅しにあいつ、臆してない」 「え？」 マリエを見守っているイルシアの顔をきょとんと見つめてから、マリエに視線を戻した。 「あいつ、怒ってる」 マリエは決して物凄く怒鳴ったり、ヒステリックになったりしない人間で、そういうことは皆無と言っていいほどだ。 だが、怒るには怒る。 ただ彼女の場合、その怒りを普通の人には出来ないことで示すから困るのである。 彼女の怒るという感情表現は、この世で一番恐ろしい事なのかもしれない、とイルシアは思ったりした。 マリエはまっすぐ、ガフスを見据えたままである。顔は怒っていないが、真顔だ。 「かなり怒ってるぞ、あれは」 まさしく、ガフスに天誅が下るだろうとイルシアは察した。 マリエは傍らで熱い炎が揺らめいているのも気にせず、ガフスだけを見つめている。 「ここを燃やすなんてことさせませんし、それに兄様達を牢屋に入れたこと事、許せません。しかも殺そうとしてたなんて、許せませんわ」 湖に沈められ、殺されるところだった・・・という話は、御殿に戻ってきてからイルシアに聞いたのだった。 「ふん、まったく運のいい奴らだ。あの地下牢から逃げられるとはな。お前を捜している間、あいつらがここの門をくぐってきた時は驚いたぜ。どうやって逃げてきたか知らんが・・・まあいい。俺はお前に用がある。小娘一人で、この俺を殺す事なんてできるのかい！？」 声を立てて笑うガフス。 「殺生はいたしません。まずは・・・」 と言って、マリエは両手を頭上に広げた。 「この全ての火を消します」 「なにっ！」 ガフスは一歩、後退りする。 マリエが掲げた両手の上に、大蛇が浮かんでいたのだ。木の高さを優に越すほどの長さで、この世のものとは思えない。とてつもなく大きい鱗に覆われている。 「水蛇さん、火を消して下さいね。お願いします」 軽々と持ち上げられていた大蛇はドシンという音をたてて地面に下ろされると同時に、ガフスなど簡単にひと飲みできそうな口を開けた。その口から水鉄砲の如く、勢いよく水が噴出された。 炎の抵抗は長く続かず、その水の渦に消えていく。 「な、なんて奴だ・・・」 怯んでいるものの、ガフスはわずかに残っている度胸で眠り薬を取り出し、マリエにぶちまけようとする。 「そうはさせませんわ」 マリエがガフスの方に向かって手のひらを向けたら、彼の足元から蛇の大群が湧き出てきた。 「うわあぁあ！？」 ガフスを取り巻きながら、上昇していく蛇の渦。 彼は驚愕し、何もできずにいた。なす術もないまま、数え切れないほどの蛇に縛られたガフスは、地面に膝を突いて倒れた。 マリエよりもガフスが心配になったが、一応、彼女のそばに近寄るイルシア。 「おい、やり過ぎじゃないのか・・・？」 ひきつけを起こしているガフスを見ながら言った。 「そうでもないですよ」 なんの悪びれもなく、マリエは笑顔で即答した。 彼女は、この星の誰よりも果てしなく広い心を持っている人だが、果てしなく酷な事もする、とイルシアは思うのだった。 「それにしたって、やっぱりなあ・・・」 ガフスの周りをモゾモゾと群れている蛇の光景を見る事さえ、ぞっとする。 ファナも口ではマリエの力が必要だと言っていたが、さすがに蛇の大群は気味が悪いらしく、遠巻きでこちらを見守っていた。 「はぁ・・・。このうえは仕方ないか・・・」 少々、自棄気味なイルシアだった。 第１６話 完 |
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