望みは空より果てしなく２

〜　第３部　悲しみの果て　〜

第 16 話　

 かくなるうえは！（３）
　イルシアは、とにかく娘達を安全な場所に移したかったので、娼館に停まっていた馬車を拝借し、皆を乗せてカイル王子の御殿へ向かった。
幸運な事に、軍会議が早めに終わったカイルが帰宅しており、早速ファナからこれまでの顛末を彼に話してもらった。報告を受けながら、カイルは驚きを隠せずにいる。心なしか顔色も悪い。
「本当なのか！？ルーエルが人さらい組織の者だと・・・」
「しかも彼女は、盗賊をも生業にしている曲者です。そして黒幕に、外務大臣ソビュー＝ノイエ氏が関わっています」
「・・・ノイエまでもが？信じられん・・・」
「そうおっしゃると思いました。確たる証拠もないまま、私も進言できないと思っていましたが、ですがもうこれは真実なのです。ここにいる私とイルシア様、そしてあの娼館に捕らえられていた彼女達が何よりの証人です！」
　顔を上げた娘らを改めて見たカイルは、アイノーエの顔を見て更に顔色を変えた。
「そなた・・・、もしやアイノーエでは？」
「なぜ、王子が彼女の名をご存知なのです？」
　ファナは首を傾げた。
「彼女は、海運大臣ヴァーストの姪だ」
「ええっ！！」
　イルシアもファナも他の娘も、もちろんエアリも目を丸くした。
「ヴァーストの屋敷で、何度か見受けた事があってな」
　アイノーエは恭しく、お辞儀をした。
「お久し振りでございます。カイル王子様」
「うむ。無事で何よりだ。ヴァーストからは聞いていた。姪がさらわれたという事は・・・」
「王子様。全てはファナ様の言う通りでございます。あの娼館は盗賊団の棲家です」
「・・・そうか・・・」
　これだけ強力な証人がいては、カイルの信じ難い思いは消え失せるしかなかった。
アイノーエは続けた。
「私が牢屋に閉じ込められている間、ルーエルの母親らしき人物がやって来たことがありました。用心棒や他の仲間の様子から見ると、どうやらその人が組織を統べているようでした」
「組織の頭は、ソビューではないんですか？」
　イルシアが訊ねた。
「ええ。彼はただ黒幕というだけで、組織に指示はしていないと思います。でも私、そのリーダーの女性をどこかで見た事がある気がするんです・・・」
「アイノーエが知っている人間となれば、身分ある者・・・かもしれんな」
　そう言うカイルに、イルシアは意外な顔をした。
「ですが、そのような人間が盗賊団の頭になる必要があるんでしょうか。安定した生活を危険に晒してまで・・・」
「確かにな。イルシア殿の言う通りだ」
　そしてカイルは厳しい表情を浮かべ、「そう言えば・・・」と呟く。
「確か、今夜のノイエ邸の宴に、母親も呼ばれている・・・とルーエルが言っていたな・・・」
「それなら、一網打尽にできる機会ではありませんか！」
　ファナは叫んだ。
あの娼館にいる他の盗賊団達は、ユーリーの見張りによって外に逃げ出せない状態にしてもらったので、あとでカイルの部下が捕まえる手筈になっている。とすれば、残りは組織の上層部・・・恐らく今夜、ソビュー＝ノイエ邸に集まっている者達を捕まえるだけだ。
　カイルはしばらく考えめぐらしたあと、やっとの事で重たい腰を上げた。
「これより、外務大臣ソビュー＝ノイエ邸へ向かう。武装の準備を！」


　アイノーエ達はリリアナ姫の近衛隊に預けて、イルシア、ファナ、そしてマリエもソビューの屋敷へ向かう事になった。
「いいのか？」
「何が？」
「妹、一緒に連れて行って・・・」
　ファナに聞かれ、イルシアは溜め息をついた。
「もう、こうなったら仕方ないよ。連れて行くしか。あいつのおかげでこっちは命拾いしたんだし、実際、あいつの力が役に立つ・・・」
　はっきり言って、それはイルシアにとっては不本意な事だ。
できれば魔物使いの能力を使わせたくはないのだが、一国の問題である人さらい組織の撲滅には、致し方ない。
もしかしたらマリエの協力なしでは、成功しないかもしれないのだ。それぐらいマリエの力は重要だった。
　それはファナも感じている。
娼館から逃れてきた時、全員が敵の襲撃に遭うことなく、傷一つなく逃げることができたのも、マリエが召喚したユーリーのおかげだったのだ。
　そのマリエはというと、イルシアとファナが乗っている荷車の脇下で、
「これから敵陣に乗り込むそうなので、身だしなみをきちんとしておきましょうね。ぴよこちゃん」
　と、ぴよこの羽毛を丹念に整えている。
こうしていると普通の少女にしか見えないのだが・・・。
本当に不思議な少女だと、ファナは思った。
「おい、マリエ。そろそろ出発みたいだ。乗れよ」
「はい」
　イルシアは手を伸ばし、マリエの乗車を手伝ってやった。
マリエは軽々と持ち上げられると、いそいそとイルシアの隣りに寄り添うように座った。
　向かいに座っているファナはそれを見て、「まるで恋人同士だな」と笑った。
「えっ！？」
　イルシアがぎくりとする。
だがファナは特に気にすることなく、「よく、あの娼館の場所が分かりましたね？」と、マリエに訊ねていた。
「はい。この子が教えてくれたんですの」
　膝の上のぴよこを撫でる。
「その猫が？」
「兄様の匂いを頼りに、ぴよこちゃんに捜してもらったんです。お鼻がいいんですのよ」
「犬じゃあるまいし・・・」
　イルシアが呆れている。
「必死だったんですよ。わたくし、兄様の危機を感じたので」
「・・・俺の危機を感じたって？」
　マリエはこくんと頷く。
「兄様、死を覚悟していたでしょう？」
「へ・・・」
　イルシアは目を丸くした。
「そして、わたくしをひとりにしてしまうって・・・。わたくしのそばに自分がいなくても、大丈夫だって・・・」
「・・・お前・・・」
　あんなに離れていたのに。
驚いてマリエを見つめ返したら、彼女は泣きそうな顔をしていた。
「そんなのはイヤですから・・・兄様が死んでしまうなんて絶対にイヤですから」
　袖をギュっと握ってきた彼女の不安だった気持ちが伝わってきたから、髪をそっと撫でてやった。
「・・・そうか。ごめんな」
　イルシアには、マリエの気持ちが痛いほど分かった。
大切な人が手の届かぬところで危険に晒されているかもしれない時、どんなに不安でもどかしいか。マリエがガフスに殺されるのではないかと、イルシアも死ぬほど心配だったのだ。
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