| 〜 第３部 悲しみの果て 〜 |
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第 16 話 |
かくなるうえは！（１） |
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娼館ともなれば、いざこざは数え切れないほどにある。 客同士の喧嘩や、客と買われた女との不和などなど。そういう騒動が起きると、にわかに館内は騒がしくなるにはなる。 しかし、今現在のこの騒がしさといったらどうだろう。 言い争っているというよりは、戦い争っているという感じである。 牢扉の向こうで異変が起きていると察知したイルシアとファナは、緊張しつつ身構えていたのだが、突然、騒々しさは消え失せてしまい、静かになった。 二人は顔を見合わせた。 「・・・なんだったんだろう？」 「さあ・・・？」 その時、唐突に地下牢の扉を叩く音が響き渡った。 叩くと言うより、どうも体当たりをしているようだった。ドーン、ドーンという音を立てながら、押し開けようとしている。 鍵のかかっている扉を無理矢理開けようとしているのだから、この館関係者でないのは確かだ。 外部から侵入してきた者に違いない。 先程の騒ぎも、その侵入者と館の用心棒らとの争いの音だったのだろう。 「やっぱり、王子の軍隊が助けに来てくれたのよ！」 娘の一人が、嬉々として叫んだ。 それを聞き、ファナは否定した。 「まさかそんなことあるわけない・・・。だってカイル王子は、何にも知らないんだから」 「とにかく、誰でもいいさ！この騒ぎに乗じて逃げる事ができれば！」 イルシアは、いまだに扉をこじ開けようとしている音に負けじと叫んだ。 だが、できれば相手が話のわかる奴だったらいいが・・・と思ってもいた。もし強盗団なんかであれば、こちらにも危害が及ぶかもしれないのだ。 その正体不明の侵入者は、大人数で体当たりしているようだった。これならば、扉が開くのは時間の問題だ。 娘達が「助けて！ここから出して！」と、扉の向こうの人間に懇願し続けている一方で、イルシアとファナは些か緊張していた。 扉の向こうにいるのは、いったい何者なのか・・・。 その扉が一瞬しなって、勢いよく放たれた。 と同時に、白色で尾を帯びた物体が、いくつも地下牢になだれ込んできた。 「！？」 あまりの速さで通り過ぎていくので、皆それがなんなのかわからなかった。 それらは一直線の通路の突き当りまで寄り集まると、あまりの数の多さに行き場を無くし、鉄格子をすり抜けてイルシアや娘達のいる牢屋にも浮遊し始めた。 「キャアアアッ！」 「な、なによ、これ！」 天井を飛び回っている無数の物体に、娘達だけでなくファナも錯乱している。 「ゆ、ゆ、幽霊！？」 気味の悪さと恐ろしさで、思わずイルシアの横に寄り添った。 イルシアは「違う。これは魔物だ」と恐れることなく、一人落ち着いた様子で答える。 「魔物・・・だって！？」 ファナは目を見開いた。 「ユーリーっていう魔物だ」 どうしてそんなことまで知っているのか聞こうとしたが、顔の横をユーリーがかすり通ったので、上ずって声にする事ができなかった。しかもその魔物に目が一つしかない事に気付き、完全に言葉を無くした。 「マリエが・・・あいつ、来たんだ！」 イルシアはそう言いながら、必死でマリエの姿を探す。 「えっ・・・マリエさんが？なんでここに・・・」 とその時、「イルシアさん！」という可愛らしい声が響いた。 それを聞いてイルシアは歓喜の気持ちが湧き上がると同時に、ファナがそばにいるのに名前で呼びやがって！、と少々焦った。しかしそれは余計な心配だったようで、ファナはユーリーにおののいてそれどころではない。 イルシアは必死でこちらへ駆けて来る少女を見つけた。まさしくそれはマリエだった。 その後ろを少し遅れて、ぴよこが追いかけている。 「マリエ！」 「イルシアさん！」 マリエはイルシアの前にたどり着くと、格子の間から出ている彼の手を握った。 「良かった・・・お二人とも、ご無事だったんですね！」 「お前こそ、よく無事で！竜の像を奪いに、さっきルーエルの刺客が御殿に向かったんだよ」 「まあ、そうでしたの。でもあの像なら、リリアナ姫様に頼んで、宝物庫に保管していただきましたから、ちょっとやそっとじゃ取り戻せないと思いますけど」 マリエは像の事を心配しているようだが、イルシアにしてみればそんな像は奪われようがどうしようが関係なかった。ただ、マリエが無事であった事だけが、何よりの救いだった。 「しかしお前、よくここが分かったな？娼館の場所なんて教えなかったのに・・・」 その疑問にマリエは小さく笑いながら、「イルシアさんの匂いで探り当てましたの！」と得意げに答えてくれた。 「・・・。・・・マジかよ」 「はい。まじです」 「・・・」 なんだか本当のようなので、イルシアはこれ以上詳細を聞くのをやめた。聞いても頭痛がしてくるだけだし、今はそんなことをしている時間はない。 「とにかく、早くみんなをここから出すんだ。・・・と言っても、ユーリーで無理矢理、扉を押し開けたところを見ると、鍵持ってないようだな」 「鍵？ああ、もしかしたら、あの背の高い男の人が腰にぶら下げてたやつかしら？」 フロント係の男のことだ。 「そう、それだよ。で、そいつ、どうしたんだ」 「ユーリーちゃんの尻尾で締め付けられて、気絶してましたけど」 おそらく一緒にいたラユルも、同じ仕打ちにあったに違いない。嫌な奴ではあるが、少し同情を感じたりした。 「エアリは！？」 二人の会話を聞いていたアイノーエは、ユーリー詰めの空間を押し退け、マリエに訊ねた。マリエには誰のことか分かるわけがないので、「その背の高い男、女の子と一緒だっただろ」とイルシアが補足してやる。 「その子なら、ほら、そこにいますよ」 扉の向こうにエアリはいた。 さすがに彼女もユーリーが怖いらしく、恐る恐るこちらを覗いていた。 「良かった！エアリ、無事で・・・」 「アイノーエ、大丈夫だよ。その女の子がみんなを助けてくれるから！この白い幽霊、友達なんだって」 「と、友達・・・？」 アイノーエだけでなくファナも、マリエへ異質の視線を投げた。 |
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