「でも、父様が・・・」
「まず、エラマ様を説得するのが先決でしょう。それからどうするかをお決めなさいな」
二人に語りかけてくるスカリイの言う通りだ。
イルシアは、エラマにすべてを打ち明けずマリエと逃げても、幸せにはなれない気がした。
夜になってやっと扉の修理が終わったので、イルシアは自室に戻る事にした。
「じゃ、戻ります」
「お疲れ様でしたね、イルシア。あなたもゆっくり休んでください」
「はい。もし何かあったら、お呼び下さい」
「そうですね、私の手に負えない刺客でもきたら呼びます」
オーディダ教は平和を信念としているが、聖職者のなかには護身術を身につけている者がいる。
当然、総代司祭であるスカリイは身につけている。皆に教えているだけあって、短剣の扱いも手馴れていると聞いたことがある。
だからマリエと二人きりにしても、安心して任せられるのだった。
イルシアが颯爽と部屋を出て行って、マリエは口を尖らせた。
「どうしたの、マリエ」
「だって、わたくしには挨拶もせず、出て行ってしまうんですもの」
マリエはぷーッとむくれた。
「フフフ、照れているのですよ。本当はあなたのことをとても心配しています。分ります、私には」
スカリイは苦笑した。
「人間一つや二つ、欠点があったほうがいいんですよ」
「わたくしは、直して欲しいと思う時がありますけど」
イルシアが聞いたら、さぞ憤慨する事だろう。
人のことをとやかく言う前に、お前のその欠点だらけの性格を直せと。
スカリイはそっと微笑んだ。
「それを認めて理解するためには、もっと大人にならなければね、マリエ。子供のままがいいなんて言って、イルシアを困らせてはいけませんよ」
「やっぱり、この姿のままでは困るんでしょうか。わたくしは体が軽くなって楽なんですけど」
両手を広げて、スカリイに訊ねた。
「困るでしょうね。〝マーユ〟としての体をもった〝マリエ〟でもイルシアは愛してくれるでしょうけど、やはり元の姿に戻って欲しいと願っているはずです。大切な人のことですもの。もし、あなたとイルシアの立場が逆だとしたら・・・そう、イルシアが少年に戻ってしまったら、あなたは元に戻って欲しいと思うでしょう？」
「わたくし、少年時代のイルシアさんを見てみたいですわ！」
「・・・。そういう問題じゃないのだけれどね・・・」
スカリイは呆れて大きな溜め息をついた。
ぬくもりがまだ、この小さな体に残っているようだった。
少女のマリエを、イルシアはためらいを覚えながらも抱き締めてくれた。
マリエは心待ちにしていたような、そして懐かしい気さえした。神殿での抱擁も今となっては随分、前の事のように思えるから。
「・・・」
スカリイの寝息が聞こえる闇夜の中で、マリエは枕に頭を乗せて天井を眺めて感じていた。
四歳の姿をしているはずなのに、今こうしてベッドの中にいるのは十九歳の姿の自分のような気がするのだ。
そんなふうに感じるのは、やはり昼間にイルシアに抱き締められたからだろうか。
元の姿に戻れば、イルシアはきっとあの時みたいに迷いなく、腕の中に包んで優しくしてくれる。
そう思ったら、マリエは願わずにはいられなかった。
「・・・早く、大人になれますように」と。
大好きなイルシアと自分のために。
何度も祈ってから、マリエは瞼を閉じた。
翌朝、イルシアとシムはスカリイの声に起こされた。
「どうかしましたか」
応対しているシムの後ろでは、眠そうな目をこすりながら、イルシアがのそのそとベッドから這い出ようとしていた。
「たいした事じゃないのかもしれないけれど、でもやはりたいした事だと思いまして・・・」
「はあ・・・」
スカリイの様子では、どうやら刺客に狙われたとかそういう緊迫したことが起こったようではなかった。何か困惑気味だ。
「こんな朝早くから、申し訳ないとは思ったんですけどね」
「マリエお嬢様の具合が悪くなったのですか？」
「いいえ・・・でも、そのようなものかしら」
「？」
何を言おうとしているのか、まったく分らない。
スカリイも言葉を選ぶのに苦労しているらしい。
「とにかく、こちらの部屋へ来てみて下さい。そうすれば納得いきますから」
促されて隣室に入ったイルシアとシムは、目の当たりにしたマリエを見て、少しの間茫然としていた。
 「こ、これは！？」
「どうなってるんだ・・・」
立ち尽くしているマリエは、昨日の彼女と違っていた。
四歳の〝マーユ〟の姿から、明らかに成長している姿に変わっている。
背丈も髪も伸び、顔つきも変わった。本来の姿よりまだ幼いが。
「巫女さん・・・なのか？本当に？」
イルシアは信じられないという面持ちで、マリエの元に歩み寄った。
マリエは微笑んだ。
「はい。紛れもなく、わたくしですわ」
「・・・」
よく見ると、マリエは十歳くらいに見える。
それにしても、たった一日でこんなに成長するとは。この場合、成長とかそう言う尺度で考えるのはおかしいかもしれないが。
唯一、まったく動揺が感じられないのは張本人であるマリエだった。
瞬きを繰り返し、一言呟いた。
「ね、イルシアさん。少しだけ、大人になれましたわ」
第９話 完
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