第 ９ 話　

「そうなんですよ、イルシアさん。わたくし達と一緒に旅してくれるそうです」
　マリエは楽しげに微笑んだ。
「スカリイ様まで、なぜ・・・」
　エラマも知らなかったらしく、驚いている。
「マリエの心配ならば無用です」というエラマの言葉に、スカリイは首を振った。
「確かにマリエのことは心配ですけれど、違うのです。近頃、ずっと神殿にこもりきりでしたから、久々に他の神殿の様子を見に出かけようと思っていたのです。ちょうどそこへ、この二人がハーバノンに向かうとシムから聞きまして。それでどうせならば一緒に・・・と思いついたのですよ」
「危険です。マリエとイルシアの旅は、刺客に狙われるかもしれないのです。巻き込まれでもしたら・・・」
｢大丈夫です。月影の二人が一緒ですから。それに、オーディダとルーナの御加護もあります」
　そう言われてしまうと総代司祭の手前、エラマは何も言えなくなってしまう。
「人数は多い方が楽しいですわ」
「そういう問題じゃないだろ・・・」
　あっけらかんと言うマリエに、イルシアは頭が痛い思いだった。
だがイルシアにとって何よりも一番気にかかるのは、この男のことだった。
「・・・それで、なんでシムも一緒なんだよ」
「スカリイ様の護衛は長老から頼まれたんでね。俺も同行という次第になったわけ」
「へえ・・・。仕事じゃ仕方ないけど」
「さ、そろそろ出発しようぜ。いつ敵が嗅ぎ付けてくるか分からないんだろ？」
　スカリイが馬鞍に乗るのを手伝ってからシムもまた、一頭の馬に素早く乗った。
「イルシア。仲間が多い方が何かと助け合えるだろうし。彼らと一緒に旅立ってくれたまえ」
「はい」
　なんだか気乗りしないのだが、とりあえずエラマの言う通り、シムとスカリイがついてきてくれる事は心強いことかもしれない。
とにかくここでぐずぐずしているわけにはいかないので、イルシアはマリエを先に馬に乗せ、その後ろに自分も跨いで乗った。
「じゃあな、マリエ。健康には充分、気をつけるんだぞ」
「父様も。お元気で」
「再び会える日を楽しみにしているよ」
　エラマは娘に笑んでから、イルシアに向いた。
「マリエのこと、よろしく頼む」
「はい。お任せください。では、行って参ります」
　軽く一礼してから、馬の腹を蹴る。
「父様〜、行ってきますねー！」
　陽気に手を振るマリエが振り落とされないよう、しっかりと手綱を掴みながらイルシアは「これから行楽に出かけるんじゃないんだぞ」と、口を尖らせた。
「わたくしにとっては、行楽のようなものです」
「・・・あ、そう・・・」
　確かにそうかもしれないが・・・。
いまだに遠出が許されない身である彼女だ。こういった緊急事態がない限り、身の安全を守るためには旅などできない人なのだ。
何も言うまい、とイルシアは思った。
　そんなイルシアとマリエを乗せた馬を先頭に、スカリイ、そしてシムの馬が続いた。
城門を出て石橋を渡り終えるまで、エラマは走り行くその姿を見ていた。
ルーナに祈りながら。
「皆に加護を・・・」
　エラマだけに見送られ、密かに王都メザイを出たのは天気の良い昼下がりだった。

　レイラン城を出てからというもの、問題なく順調に道程を進んでいた。
　スカリイの予定を狂わせないためか、マリエも道草を取りたがらなかったし、刺客に狙われもしていない。この調子ならば今回は結構、楽な旅になるかもしれない。
ファリア大陸へ渡る前には、リリアナ姫の庇護下で休息できる予定だし、なんと言っても助っ人が二人もいる。
　シムは当然腕の立つ間者。スカリイは治癒の力を持っている。
そんな仲間達がいれば、この一行は向かうところ敵なし、といったところだろう。
しかし、そんなことも安穏と言ってられなくなってきた。
「俺とスカリイ様は、ハーバノンでお前達と別れる」
　と、シムが言い出したのだ。
久し振りの宿を取って、いつも通り二つの部屋を借りた日のことだった。
男性陣と女性陣とに分かれて、それぞれ部屋に引きこもっている。荷物の整理をしていたイルシアは、同部屋のシムのその言葉に少々驚いた様子を見せた。
「そうなのか？・・・ま、そうだよな。なにも俺達と一緒にファリア大陸にまで行く必要ないもんな。あの大陸では確かオーディダ教は浸透してないから、神殿の視察なんて関係ないし・・・」
「・・・。神殿視察っていうか、ホント言うとさ、スカリイ様の目的は違うんだけどな」
「違う・・・？」
「ハーバノンだけに用事があるんだ、スカリイ様は」
　イルシアは首を傾げた。
「レイランを出てくる時は視察だって、スカリイ様はおっしゃってたじゃないか」
「城の中じゃ、ホントのことを口に出せなかったんだよ」
「・・・エラマ様にも言えないような用事なのか？」
「うーん、そうかもな。エラマ様は国王の側近だしな・・・」
「なんだよ、もったいぶった言い方しやがって。ハッキリ言えよ」
　シムはしばらく俯いて考え込んでいたが、顔を上げた。
「いずれは、スカリイ様から教えて頂けると思うけどさ、実は・・・」
　切り出された時、扉をノックする音が響く。
二人は同時にそちらへ顔を向けた。