望みは空より果てしなく２

～　第２部　あなたを守りたい　～

第 ９ 話　

 おとなになりたい（１）
　翌日、イルシアは国王との謁見を許された。と言うより、エラマに連れられてきたのだが。
今回のマリエの件に関してレイラン王は、かなり気にかけているようだった。やはり、息子の花嫁候補として選んだだけに心配らしい。
国王は立派に伸びた顎鬚を撫でながら、深刻そうにイルシアを見つめる。
「そなたがエラマの娘を護衛するのだな？」
「はい」
　雲霧の室に国王とエラマと一緒に詰め込まれ、イルシアは緊張気味に頷いた。
「イルシアと申したな。そなたの事はよく知っておるぞ。アサエル討伐では、その功績はたいしたものであった」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だよ。この世の平穏を保ち続けてくれたのだからな。そなたのような逸材は、月影にとって必要なものぞ。それにしても月影でなければ、国中に響き渡る英雄になれたであろうに」
「いえ・・・決してそのような器では・・・。マリエ様を守り抜けたのも、エラマ様や月影の仲間の力添えがあったからこそです」
　それを聞いたエラマは声を立てて笑った。
「そう謙遜するな、イルシア。アサエル討伐に関しては、本当に君のおかげだったんだよ。英雄と歌われても、おかしくはないんだ」
　そう言われても、昔から英雄といわれているエラマと自分とではまるで重ならない。イルシアは大きな志があるわけでもないし、何かに秀でているわけでもない普通の人間だと思っているので、そう言われても苦笑いするしかない。
「イルシアならば安心だ。足労かけるが、よろしく頼むぞよ。彼女は近い未来、レイランの王妃となるかもしれぬ娘なのだからな」
　国王はかなり・・・というより完全にマリエのことを気に入っている様子だ。ここで初めてイルシアは、マリエは有力候補なのだと身をもって知った。恐らく、マドレデウスなど足元にも及ばないほど。
いくらマドレデウスが眉目秀麗で社交界の花といわれても、国王の口添えがあるマリエが后になるのは間違いないだろう。
　だが一介の平民、しかも間者に過ぎないイルシアが「それはやめてくれ」などと進言できるわけがなく、ただ黙っている事しかできない。
「・・・」
　そんな自分を歯痒く思いつつ、ふとエラマを盗み見してみたが、何の表情の変化も見られなかった。
やはり、エラマもマリエを王妃にしようと考えているのだろうか・・・という不安が過ぎる。
「マリエは我らレイランの未来を潤す娘だ。必ず元の姿に戻れるよう、そして彼女の身を守り抜いてくれ」
「は、はい！国王のご期待に添えるよう、全力を尽くします。レイランの為にも必ず、マリエ様をお守り致します」
「うむ。それでついでと言ってはなんなのだが、もうひとつ、頼まれごとを聞いてはくれぬか？」
「はい。なんなりと」
　レイラン王は懐から封書を取り出し、イルシアに差し出した。
「船に乗るためにハーバノンへ向かうと聞いたのでね、これを我が娘リリアナに渡して欲しい」
「レイルズ王子の妹君で二年前、ハーバノンの第二王子カイル様の元へ嫁いだお方だよ。覚えているだろう｣
　エラマに確認され、イルシアは頷いた。
十六歳という若さで異国へと嫁いだ姫だ。
「リリアナは少し病弱でな。気掛かりだったのだが、私も忙しくてなかなか連絡もできない。こういう機会でもないとな」
　エラマの時もそうだったが、人間というのはいくら威厳があっても、こういう時はそれがまったく消え失せてしまうものだとイルシアは思った。
誰でも子を思う、優しい親になってしまう。
「手紙には、そなた達の休息と物品補給をするように書いておいた。ハーバノンに着き、何か足りぬ物があったら、なんなりとリリアナに申すがよい」
「お心遣い感謝致します」
「では国王。早速、出発させます。我々はこれで」
　エラマに続いてイルシアも立ち上がる。
「無事を祈っておるぞ」
　雲霧の室から退室し、イルシアとエラマはマリエが待っている城門へと急いだ。
その途中、エラマが突然立ち止まった。
「どうかしましたか、エラマ様？」
「今、思い出したんだが・・・。君の大事な話というのは、なんだったんだい？」
「え？」
　イルシアは何のことかと思ったが、
「ほら、以前に私と同時に『大事な話』があると切り出してきたじゃないか。マリエの呪いの話のせいで、うやむやになってしまったが・・・」
　とエラマに言われ、やっと思い出したイルシアは顔が引きつる。
「なんだったんだい？何か深刻そうだったが？」
「あ、いえ・・・。それはまた、いずれ話させて頂きます」
　国王の前で『レイランの為にマリエ様を守る』と言った後で言えるような話じゃない。
いや、ずっと永遠にエラマに言えないような気がしてきた。マリエを好きだという事を。
国王はもう、マリエをレイルズ王子の花嫁にと決めているのだ。どんな困難を潜り抜けてでもマリエと・・・と思っていたが、既に一国までもが関係してきてしまっている。
王や国までを裏切る勇気は、イルシアにはなかった。


　少女が背伸びをして、一生懸命手を振っている。
「イルシアさ～～ん！こっちこっち」
　背中に背負ったリュックと共に、〝任務の責任〟と〝人生の絶望〟という目に見えない重さがのしかかっているイルシアは、元気のない顔でマリエに手を振り返した。
そして彼女の横に、二人の人物がいることに気付く。
「シム。それにスカリイ様・・・」
　見送りに来たのかと思ったが、二人とも決してそんな身なりをしていなかった。
「いったい、どういうことだよ、シム。まるで、旅支度の格好じゃないか」
「ああ。お前達に同行しようかと思ってね」
「・・・ええっ！？」
　イルシアは耳を疑った。
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