「王子からあんたの事を聞いたとき、そう思った。だからこそ王子は間者を辞めさせ、リリアナ姫の侍女に転向させたんだろ」
ファナは何も言わなかったが、その表情から図星だと窺えた。
彼女と会って日が浅いが、心の内がすぐ顔に出るこの人は、恐らくとても素直な女性なのではないだろうかと思う。
「・・・はじめは、王子と共に人さらいを撲滅するつもりだった。だが、途中で姉を探している自分に気付き、そして見つからないと分かった時･･･イルシア、あんたの言う通り、私は復讐心に燃えていたんだ」
「姉さんは、死んでいた・・・のか？」
ファナを気遣うよう訊ねた。
「ああ・・・。やっとのことで三年前に捜し当てたのは、姉の墓だった。それからだ。人さらいに真の恨みを持つようになったのはね」
「それじゃあ、ファナさんはこれからずっと復讐を？」
マリエは悲しげだった。
「それが今の私の生きがい、だろうな」
イルシアは軽く首を振った。
「別に説教するわけじゃないけど、復讐なんて結局最後は、自分の身を滅ぼすだけなんだぞ」
魔界を求めたアサエルも、義父を恨んでいたシルヴァもそうだった。
彼らと闘ったイルシアは、それを痛感していた。復讐なんて何も生まないし、何も残りはしない。
ただ虚無で空っぽな自分が残るだけだ。
「復讐だってなんだっていいだろう？私がどう思いながら闘おうが、人さらいを潰す事に変わりはないんだから」
「変わりあるさ。あんた自身に災いが降りかかってくる。復讐を抱く者は恐れを無くす。そして死に急ぐような選択をして、突っ走っていくんだ。あんただってそうなる」
眉をひそめ、真剣な眼差しで言うこの男は自分の身を案じてくれているらしい。
だがファナは「私がどうしようと勝手だ」と跳ね返した。
「あんたは黙って協力してくれれば、それでいいんだ」
「・・・」
イルシアは諦めの溜め息をついた。
人の心を動かす事は、そんなに容易な事じゃないと知っていたから。
食事を済ませ、御殿に戻ってきたイルシアらは、中庭でカイルを見かけた。
「一緒に居る女性は誰だ？はじめて見たけど・・・」
身軽な服装から、リリアナではない事は確かである。イルシアの質問にファナは即答した。
「名はルーエル。ここを出入りしている武器商人だ」
「へえ・・・」
あんな若い女がそんな仕事をしているとは珍しいと、もう一度二人に視線を戻したら、なんと抱き合っていた。
イルシアは目を見張った。
今度は、濃厚な口付けを始めたからだ。
あまりの驚きでどういうことなのか理解できず、ファナの方を何気なしに振り向いたら、彼女は鋭い視線をカイルとルーエルに射抜いて、更に唇を強く噛み締めていた。
一方マリエは、きょとんとしてその熱い場面を眺めていたので、イルシアが慌てて目隠しをした。
「あん、何するんですか」
マリエは不満の声を上げた。
「見るなッ」
無理矢理マリエを引っ張って、その場を立ち去る。
そのあとにファナも続いた。
「我らの王子が、あのような淫らな事をして恥じている。あの女は、リリアナ姫が嫁いできたあと、ひょっこり現れた人でね」
「それで今もまだ・・・？」
「ああ。リリアナ姫の相手もされず、あの女の所にばかり通っているんだ、王子は」
「姫は知ってるのか？」
「知っている。お前達もなんとなく雰囲気で分かっただろ？あの二人はうまくいってないって。あの女を側室に入れると王子がおっしゃった時は、私は猛反対したものだ」
一人の女以外に、別の女の相手をするという器用な事はできないイルシアだが、王族では一般的に一夫多妻が認められているため、反対されたカイルを不憫に思ったりした。
「身分が違うから反対したのか？」
ファナは首を横に振った。
「武器商人の娘が、王族に嫁ぐ例はある」
「じゃあ、なんで」
「・・・あの女は、なんとなく好かんのだ」
明確な言葉じゃないので、イルシアは些か呆れた。
「そしてカイル王子にも絶望している。はるばる遠い国から嫁いでみえた姫を、しかも病弱だというのに放って置くなど・・・。昔はあんな無責任な方ではなかった。それが・・・。すべて、あの魔性の女のせいだ。そそのかされているんだ」
ファナは本気で憤慨していた。
その夜、カイルに呼ばれたイルシアは、中庭で見かけた彼の愛人ルーエルを紹介してもらった。もちろん愛人としてではなく、カイルの知り合いとして紹介された。
「ルーエル＝ハビと申します。以後、お見知りおきを」
「レイランの軍人が来ていると教えたら、ぜひ会いたいというのでな」
「私は武器商人ですわ。軍人と聞けば、商魂たくましくなるものでしょう？」
艶やかに微笑む彼女は、確かに男好きのする女だった。
ファナが聞いたら怒るだろうが、その魅力の虜になっているカイルの気持ちも分からないわけでもない、とイルシアは思ったりした。
「私など、まだ下級の位ですから、知り合いになっても何の得もないと思いますよ。武器など買えるような持ち金などありませんし」
申し訳なさそうに言うイルシアにルーエルは、
「商人は、先見の目を持っていますの。未来有望な人こそ、我々にとって大切なお客様です。今はお知り合いになる事だけで充分」
「なるほど。あなたこそ有能な方のようですね。だいぶ儲けてらっしゃるのでしょう」
「おかげさまで。カイル王子の口添えで、この国の軍隊と取引をさせて頂いておりますから。戦でも起これば、もっと稼げるのですけど。フフフ、なんて冗談ですわ」
と楽しそうに笑った。
「恐ろしい冗談を言うなよ」
カイルは困った奴だと苦笑していたが、イルシアは笑えなかった。
だいたい武器商人というのは皆、戦になるのを心待ちにしているから好きになれない。
彼らの利益の代わりに戦って死んでいくのは、兵や自分達のような間者だ。
ファナがなんとなくルーエルを好きになれない、という意味が分かるような気がした。
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