望みは空より果てしなく２

〜　第２部　あなたを守りたい　〜

第 10 話　

 大きなお世話（８）
「お前なああああッ！」
　とマリエを叱咤しつつも、体は部屋の隅へ逃げている。
狭い部屋なので、ぴよママの図体は倉庫で見た時よりももっと大きく見える。
大暴れでもされたら、逃げ場所のないここでは命を無くすことだろう。
　が、ぴよママはその凶暴な姿とは打って変わって、弱々しい鳴き声を発し、甘えるようにマリエに擦り寄っている。菜切り包丁も持っていない。
「ここが痛いんですね？」
　マリエは恐れもせず・・・彼女が主人なのだから当たり前なのだが、立派な前足にある怪我の様子を窺った。
　イルシアもかなり離れた場所からではあるが、気になったので一人と一匹のやり取りを見守っていた。見た限りでは、ぴよママの怪我は刀傷だった。それもかなり刃渡りが長めの剣によって付けられたものだ。
恐らく、人さらいのリーダーが持っていた剣だ。イルシアをかばった時に斬られたのだろう。
　マリエは傍らにあった消毒液を手に取り、その傷に塗ってやろうとしたら、いつの間にか近付いてきたイルシアに取り上げられた。
「貸せよ」
「イルシアさん？」
「巫女さんの治療じゃ、治るものも治らないだろ。俺がやってやるよ」
「本当ですか！」
　マリエはこの上なく喜んだ顔を見せた。
「魔物なんかに借りを作ったままなんて、イヤだからな」
　ぴよママは、イルシアを守る為に怪我を負ったのだ。それがマリエの指示であったとしても、自分の為に痛い目にあったこの魔物を放っておけない。
（いつだったか、ルーカに律儀な人間だと言われたことがあったな・・・）
　そんな自分自身を恨めしく思いながらも、今まさにイルシアはそう実感していた。
　イルシアはマリエを挟んでだが恐る恐る、魔物と向かい合うためにしゃがむ。
間近で見ると、もっと怖い。
その大きなくちばしで一突きされたものなら、大怪我ではすまないに違いない。
「・・・。突っついてこないだろうな、こいつ・・・」
　傷口の周りの毛を剃るため、前足に手を伸ばそうとした。
「大丈夫ですよ」と言うマリエの言葉を信じ、思い切ってぴよママに触れた。
　少し間を置いて「たぶん、ですけどね」と、マリエがぼそりと呟いた。
「おッ、お前って奴はああああッ！！」
　剃り始めた手が凍ったように止まり、横にいるマリエにイルシアはすかさず叫んだ。
「『たぶん』とかって、あとから言うなっ！」
　すると、ぴよママの目はイルシアに向けられた。くちばしをパクパクさせて唸っている。
マリエに怒声を投げた事が、気に入らないらしい。
　イルシアは慌てて手を離した。
「怒らないで、ぴよママちゃん」
　マリエが脇腹を撫でてやると、借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「コイツ今、俺をついばもうとしただろッ！？」
「ちょっと脅かしただけですわ」
「・・・あんた、にっこり微笑みながら言う言葉じゃないだろうが・・・」
　青褪めたイルシアは、彼女といると命がいくつあっても足りないような気がしてきた。
いつも思うが。
そんな彼の横で、
「イルシアさんはね、ぴよママちゃんの傷を治してくれる、優しい人なんですのよ。だからそんなに怒らないでね」と、マリエが魔物を宥めている。
　イルシアは「そんなに怒ってるのかよ・・・」と寒気を覚えた。


「よし。これでいいだろ」
　消毒液が塗りやすいように毛を刈った。
傷は思ったより浅かったが、消毒液を塗るとかなりしみるので、耐えられなくて大暴れするかもしれない。そこでマリエに、ぴよママのふさふさした羽毛を撫でてもらう事にした。
　案の定、ぴよママはしみる痛さに拒絶反応を示したが、なんとか無事に治療し終えた。
「よく我慢しましたね」
　ぴよママのとても抱えきれない横腹に抱きついたまま、マリエはその毛並みに優しく口付けた。
そしてぴよママの体は薄れ、消え去った。
「良かった。ずっとあのままじゃ、かわいそうでしたもの」
「ご執心だな」
「わたくしの大事なお友達ですから。あ。イルシアさんてば、妬いてくれるんです？」
「誰がっ！」
　次元の違う魔物なんかに嫉妬してどうしろと言うのだ。しかも『ぴよママ』だ。ママと言うからには、パパがいて子供もいるんじゃないんだろうか。
「ところでイルシアさんの方はどうなんです？シムさんに手当てしてもらったようですけど」
「がさつな治療だったけどな」
　よっぽど自分でやった方が痛くなかった。
「スカリイ様がいらしたら、良かったんですけどね」
　彼女に治癒魔法をかけてもらえばいっぺんに治ったのだが、あいにく彼女は近くの寺院へ出かけてしまっていた。
「いーんだ。誰も、俺には優しくないからな」
　ベッドの上に横になりながら、マリエに背中を向ける。
子供のようなことを言っていると自分でも思うのだが、今日の最悪な一日はそうでも拗ねてみないとやりきれない気分だった。
「どうしたんです？拗ねて」
「拗ねてない」
　こうなるともう、意地になってマリエの方に向きたくなくなり、イルシアは石のように固まった。
マリエはそんな彼を見守りながら、優しく微笑む。
「誰も優しくないなんてこと、ありませんわ。だってわたくしは、イルシアさんの事が心配でここへ来たんですもの」
「魔物なんか目の前に召喚してくれて、どこが優しいんだよ・・・」
　マリエには聞こえないよう、溜め息交じりにひとりごちた。
一方マリエは、ベッドの傍らにある椅子に座ると、じっと彼の背中を見つめた。ふと、イルシアが男に殴られた時の痛々しい場面が蘇る。
「イルシアさんがぴよママちゃんを治療してくれたように、わたくしもイルシアさんにしなくちゃいけないんです」
「義理なら結構」
　マリエは「違います」と、首を振った。
「イルシアさんは大切な人です。だから」
「・・・」　
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