第 10 話　

「巫女さんは先に逃げろ。俺はあの女を連れてくるから」
「でも・・・」
　マリエはあくまでもイルシアと一緒でなければ不安らしく、言葉を濁した。
「俺は大丈夫。あの魔物がいる限りね」
「・・・分かりました。ぴよママちゃんに、イルシアさんを護衛するようにお願いしておきます」
「・・・。なんだって？」
「ですから、イルシアさんを護衛するよう・・・」
「じゃなくて、��ピヨ�≠ﾈんとかって、さっき言わなかった？」
「ぴよママちゃん、ですか？」
「なんだよそれ」
「あの魔物さんのお名前です」
「・・・」
　頭痛がした。
が、すぐに気を取り直す。
「外にも見張りがいるはずだ。出くわしたらユーリーでも出して、脅かしてやれ」
「はい！」
　元気よく駆け出していくマリエと同時に、イルシアも混乱の渦へと走りこんだ。
女の元へはすぐにたどり着く事が出来た。
腕と足に巻きついている縄を短剣で力任せにぶち切り、手足を自由にしてやった。
「さ、逃げるんだ！早く！」
「え・・・でも・・・」
「でももへったくれもあるかよ！ぐずぐずしてると、あの怪物に食われちまうぞ！」
　女も混乱しているのだろう。
この男達から逃げられるチャンスだというのに、どうすればいいのか分からないらしく、おろおろしている。
「早く！」
　叱咤するように叫ぶと女の腕を無理矢理持ち上げ、立ち上がらせた。
「そうはいくか」
　リーダーが見事、魔物をかいくぐりながらイルシアの前に立ちふさがり、斬りかかろうとしてきた。
その動きは素早かった。
ひょっとすると、イルシアよりも俊敏かもしれない。急所は避けられるとしても、かすり傷ではすまないとイルシアは一瞬にして覚悟した。
　だが、その必要はなかった。
魔物のぴよママが、リーダーをその巨体で押し倒したのだ。
そのあまりの重さで気絶しているのか、リーダーはそれからびくとも動かなかった。
「・・・」
　こちらを見つめ、ぴよママは唸っていた。
突然「ぴよーぅ」と吠えたが、イルシアにはさっさと逃げろと言っているように聞こえた。
「礼は言わないぞ」
　魔物になんか言いたくない。
いくら魔物使いのマリエを好きでも、魔物は別だ。できれば死ぬまで関わりたくないのだが、マリエと一緒にいる限り無理な話なのだろう。
しかし女を連れて倉庫から脱出する事が出来たのは、マリエのその能力のおかげであるということを、不本意ながらも認めるイルシアだった。

　倉庫を抜け出て、その眩しさに目を細めた。
とりあえずは人通りの多い道に逃げようと、さっき来た道を戻ることにした。
するとその先で、外の見張りに戻っていった頬傷の男が地面に倒れているのを発見する。
「やったな、あいつ」
　きっと、マリエにユーリーを投げつけられ、男は失神してしまったのだろう。
心の内で苦笑いしていると、三つ先の角からひょこっとマリエが顔を突き出した。
「こっちです」
　手招きしている。
イルシアは女を連れ、マリエの元へ向かった。
そして合流した三人は、もっと遠くの安心できる場所に行くことにした。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
「ですね」
　特にマリエは息を切らせ苦しそうだったが、それよりも素足で走り逃げてきた女の方が気にかかった。足が傷だらけである。
「あんた、大丈夫か」
　と声をかけたとき、肌の露出が目立つその服装に初めて気がついて、一瞬、目のやり場に困ったイルシアだった。
　座り込んでいる彼女は振り向くと、イルシアを睨みつけ、こう言った。
「・・・誰が、助けろと言った？」
「は？」
　何を言われたのかは聞こえたが、その意味を把握できなかった。
女はすくっと立ち上がると、イルシアと向かい合った。
「余計なお世話なんだよ！」
　そのきれいな顔立ちからは想像も出来ない言葉遣いに、イルシアもマリエも唖然としている。
だが、わけもわからず怒鳴られるばかりのイルシアじゃない。
こっちは気を遣って、身の危険を冒してまで連れて来てやったと言うのに、そんな言い草はあまりにも酷すぎる。
「あのままだったら身売りされるとこだったんだぜ、あんた。分かってるのか」
「分かってるさ」
　腕を組み、更に瞳をぎらつかせる。
「それじゃ、なんで・・・」
「あいつらのボスに、もうすぐのところで会えたんだ！それがあんた達、兄妹が現れたばっかりに！」
「きょうだい・・・？」
　傍から見ると、そう見えるのか。
イルシアは気にせず女と睨み合っていたが、マリエはこだわっているようだった。
「兄妹じゃありません」と、抗議しようとしたら、女の怒声で消え去った。
「あいつらはあたしがやっと突き止めた、人さらい組織の１グループなんだよッ！」
「人さらい？」
「ああ。あたしは奴らの尻尾を捕まえるため、わざわざ商品になって潜り込んだんだ」