望みは空より果てしなく２
| 〜 第１部 イルシアとマリエ 〜 |
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第 １ 話 |
名うての花（７） |
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追いかけてくる彼女の姿を見つけて一瞬、破顔したイルシアだったが、マリエが手にしている光源の正体を知って表情が一変する。 光を放っているのは、一つしか目がない魔物・・・ユーリーだった。  球体に近い体で、申し訳なさそうに尻尾が付いている魔物だ。「そっ、そいつ消せッ！！早く！」 両手で大事に抱えているマリエに向かって、慌てて叱咤した。 見慣れているとは言え、好んで鑑賞したい生き物ではない。 「だって、今夜は月明かりがありませんから、ユーリーちゃんを消してしまったら真っ暗で何も見えなくなってしまいますわ。真っ暗では怖いじゃありませんか」 「俺は夜目が利くから、必要ないの！それになぁ、ユーリーの方がよっぽど気味が悪くて背筋が寒くなる！」 しかも彼女の顎の下でユーリーは光っているため、その照明効果はなんとも言えない。暗闇の中でマリエの顔がぼうっと浮かび上がっていて、知らない人が見たらおののく事だろう。 それ以上に、ユーリーを見て失神するかもしれない。 辺りを見回すイルシア。 「おい、近所の誰かに見られたらヤバイだろ。門の近くだし・・・」 「平気です。この時間は誰も通りませんし、中は見えませんもの」 可愛らしくにっこり笑うが、闇に浮かぶ顔だから余計に不気味だった。 「・・・で、なんか用？」 「あの、本当は今日は、もっとイルシアさんとお話したかったんですけど・・・」 「俺は別に」 「・・・冷たい。半年振りに会えたのに・・・」 俯いてシクシク泣きはじめた。 「いじわる」 「う、ウソだ、ウソ！だから泣くなって！」 「いじわる」 エラマやチャウラに見られたりしたら厄介だ。 何度か平謝りしてみるが、マリエの機嫌は直らない。 「分かった、分かったよ・・・」 頭をうなだれさせる。 「実は俺も、巫女さんとおしゃべりしたくてしたくて、しょーがなかったんです」 「ウソばっかり」 「・・・」 「言い方が投げやりです」 上目遣いで睨んでくる。 イルシアは溜め息をついて、額を押さえた。 まったく、どこまでも面倒な女だと思ったが、指の隙間からマリエを垣間見ると、彼女は怒りながらも悲しげな顔をしていた。 確かにエラマがいたこともあって、他人行儀な話しかできなかった。それは寂しい事なのかもしれない。 イルシアはマリエを見つめた。 「今日は楽しかったよ。あんたにも、チャウラにも会えてさ」 「本当ですか？」 疑りの瞳を向けられた。幼いその仕草に、イルシアは小さく笑った。 「本当。で？それを言わせるために、俺を追いかけてきたワケ？」 マリエは必死に首を振った。 「あのですね！今度はいつ、お会いできるのかと思いまして」 イルシアの訪れを待っていた時間に比べたら、今夜の宴はなんて短いものだろう。あまりにも一瞬の出来事でしかない。 今度会う時もまた、もっと後のことかと思うと心落ちしてしまうのだった。 「イルシアさんと会う約束をしても、半年もの長い間、会えませんでしたから・・・。ちゃんと約束しないと、今度はもう二度と会えないような気がするんです」 決して半年間、自分に会いに来なかった事を責めている口調ではなかった。ただ、不安が漂っている。 「あのぅ・・・」 「なに？」 「え〜と・・・」 思いつめた顔で、イルシアを見上げた。 「また、約束・・・してくれますか？」 もじもじしている彼女の顔は真っ赤だ。 「・・・約束、か」 半年前に約束した時の事を思い出した。 あの時は必ず約束を守るために、そして、決してその約束を忘れないためにと、マリエに口付けした。やはり彼女は『会いに行く』と言ったイルシアの言葉を信じて、ずっと待っていてくれた。 それは少なくとも、いやな気はしない。どちらかと言えば、イルシアにとっては嬉しい事だった。 だがなぜだかこの巫女の前では、いつでも素直になれない自分がいた。 「できないな」 「えっ。ど、どうしてですか？」 「巫女さんのような人との会う約束なんて、あってないようなもんだ。俺のような裏の世界の人間は、会えるのかどうかさえ分からない。いつなんどき、非常時になるか分からないから。現に、約束を果たすのに半年もかかった。約束は守るためのものだろ？それを最初から破ると知っててするのは、バカらしいじゃないか」 「それでもわたくし、ずっと待っています」 「・・・。もっとさ、真っ当な奴らが周りにたくさんいるだろーが。そいつらならいくらでも約束してくれるぜ？」 それを聞いてマリエは、頬を膨らませイルシアを見上げる。 「わたくしのことが嫌いなんですのね。他の殿方を勧めるなんて・・・」 ユーリーの光で瞳が揺らめいていた。 潤んでいるそれを見てしまえば、かたくなにしている心が崩れて、彼女を求めたくなってしまう。幸い、理性で保ってはいるが、彼女が背中を向けて肩を震わせ始めた時は、気持ちが萎（な）えそうだった。 「とにかく俺、会う気はないから」 意を決して断言した途端。 イルシアの周りで悪夢が起こった。 足元に無数のスライムを敷き詰められてしまったのだ。ゼリーのようにうねっているその光景は、見ただけでも卒倒しそうなのに、初めてのその魔物が足を這い登ってきた時には、この世の終わりかと思った。 「なっ何、考えてんだよ！こんな魔物、召喚しやがって！消せ！早く！！」 顔面蒼白で、イルシアはやっとの事で喉から声を絞り出す。 振り向いたマリエの顔は泣いておらず、けろっとした表情であった。 「会ってくれます？」 悪びれもなく無邪気に首を傾げてくるマリエは、身動きが取れず固まっているイルシアに呟いた。 「・・・」 「会ってくれます？」 マリエの魂胆に不覚にも陥った自分に、地団駄を踏む。 だがここで、首を横に振ったときのことを考えると、総毛立ってしまう。突拍子もないマリエの反逆は、並大抵のものではない。それはもう、以前の旅で身に染みている。 だから悲しいかな、否が応でも頷きざるをえないのだった。 「会う。会うから、コイツらをどうにかしてくれ！！」 悲鳴に似た叫びを聞いた後、マリエは満面の笑みを見せた。 するとユーリーだけ残って、敷き詰められていたスライム達は一瞬にして消え去った。 イルシアはマリエの策にはまった自分があまりにも情けなくて、悔しくて、彼女に文句を言いたかったが、今にも腰が抜けて座り込んでしまいそうだった。辛うじて、立ち尽くしてはいるが。 不満いっぱいのイルシアをよそに、マリエはユーリーと喜びじゃれあっている。 これが男達の間の憧れの女性だとは、当て外れもいいところだ。 「それでイルシアさん、いつ、お会いしましょうか？」 「勝手にしてくれ」 「そうですか。それでは・・・」 日にちを指折り数えているマリエを眺めながら、こんな約束があるものかとイルシアは頭を抱えていた。 「・・・脅迫だ・・・」 大きな溜め息は、虚しくかき消される。夜空に吹く風と共に・・・。 これがイルシアとマリエの、半年振りの再会の夜だった。 第１話 完 |
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