| ～ 第４部 いさよう月 ～ |
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第 16 話 |
あるきなさい。（３） |
| 最終的にはどこへ逃げるかなど、仕事が忙しくて考える余裕さえなかった。いや、それよりも考えたくなかったのかもしれない。 逃亡という苦しみから逃れて、ここでの日常に没頭していたかったのだ。だから今更、どこへ行こうかなどと考えている。 「クリスアーナか・・・」 イルシアはシーツにくるまれ、天井を仰ぎつつ呟いた。 すると隣りのベッドで背中を向けて寝ているマリエが、寝返りを打った。瞼が静かに開く。 「イルシアさん・・・」 枕に埋もれた顔をこちらに向け、ベッドサイドのランタンの光に目を細めている。 「ああ、ごめん・・・。起こした？」 「いいえ。浅い眠りでしたから。それより今度の行き先はクリスアーナに？」 「いや、ただ言ってみただけ。そんな安易に考えられるものじゃないだろ。行き先によっては、アサエルの網に引っ掛かるかもしれないんだから。慎重に決めないと」 「そうですね」 マリエは小さく震えていた。アサエルのことを思い出したのか、顔が心なしか青褪めている。彼は彼女の唯一の〝恐怖〟なのだ。たとえそれが名前だけであっても。 それからすぐ思い直したのか、「それにしても、ジャニスさんとエクスさん、喜んでましたね」と明るい声を出す。 「待ちに待った待ち人現る・・・だからなあ」 「それにお孫さんが出来たとなれば、尚更ですよね」 「孫って・・・グテーヌさん、妊娠してるのか！」 頷くマリエ。 「だから予定より早めに帰ってきたそうですよ。母子ともども、今が大事な時ですから」 「そうかぁ。じゃあ、ジャニスもこれで寂しくなくなるわけだ。いっぺんに家族が増えて、賑やかになって・・・」 幸ある家族の温かさというものを、イルシアはしみじみと感じていた。 「彼らの幸せを壊さないうちに俺達、早く旅立たないとな」 もしかしたら、イルシアらをかくまった罪などと言って、あらぬ罰を受けさせてしまうかもしれない。アサエルはそういうヤツなのだ。事情を知らないジャニス達に、そんな迷惑をかけるわけにはいかない。幸福に満たされたこの家庭をぶち壊したくはない。 「だから、ここに立ち止まってはいけないんですね。・・・わたくし達、不幸の源なんでしょうか」 悲しげに瞼を閉じるマリエ。 マリエも自分と同じように、この世で疎外感を感じているのだろうか。 滅多に辛辣した姿を見せないマリエなので、シーツの中で身を縮めながら弱々しく呟く彼女を見ると、少し胸が痛む気がした。 「不幸者にだって、それなりの生き方があるって。そうだろ？」 苦笑じみた微笑をイルシアは浮かべる。 「・・・はい」 マリエが微笑み返せれるのは、その不幸の渦の中でひとりじゃないと知っていたからだ。 励ましてくれるイルシアが一緒だ。そう思えば、これからの旅立ちは何のことはなかった。
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