| 〜 第３部 一緒に 〜 |
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第 15 話 |
邂逅の少女（２） |
| 翌日の朝、突然ジャニスが休暇をくれたのだ。 「マリちゃんとケンカしたんだろ？最近、なんか妙につれない二人だからね〜」 更に「マーユちゃんはあたし達が面倒見てるから、久し振りに夫婦水入らずで街へ出かけておいで」と、否応なしに宿屋から放り出されてしまったのだ。 その時、「仲直りしておいで」とジャニスに意味深な笑みと一緒に耳元で呟かれた。 眉間に皺を寄せるイルシア。 「ったく・・・あのおばさん、なんか勘違いしてるぞ、やっぱ」 マーユにも言ったが、ケンカなどしていない。 ただイルシア自身、気が滅入っていただけだ。マリエとあまり口を利いてなかったのも、マーユのことが話題に上るのがイヤだったから。マーユの事を聞かされた夜から、この現実を考えたくない、向かい合いたくないと思ったからだ。 前世のことも、追われて危険な身であることも、マーユのことも一切合財忘れ、ただ仕事に打ち込んでいただけだった。 「・・・急にホッポリ出されても、なんのあてもないのになぁ」 石畳の道をつまらなさそうに歩く。 「いいじゃありませんか。こういうのも」 少し後ろをついてくるマリエは、露店を眺めている。 さっきから歩いてばかりで、二人ともあまり喋っていない。こんなつまらない時間の過ごし方でいいのかと疑問に思い始めたイルシアは、マリエに「楽しいか？」と訊ねた。 「はい。イルシアさんも一緒ですから」 予想通りの返事が返ってきた。 そう答えてくれるのを聞き、イルシアはいつも安心しているのかもしれないと思った。自分が過ごしているこの時間のすべてが、間違っているのではないかという不安を拭い去るために。 「イルシアさんとお話するの、久し振りですものね。ああ楽しい」 弾みながら先を行くマリエの背中は、本当に嬉しそうで輝いて見えた。 イルシアはそんな彼女に悪いことをしたと思った。マーユのことで一番に悩んでいたのはマリエの筈だ。 自分自身が『過去』からやってきたことに、どんなに不安になっていたことだろう。それをイルシアは自分だけ逃れようとしていた。 この王国では孤独な二人だと分かっていたのに、一番分かっていなかったのは自分だった。助け合わなければ・・・と思っていた自分が卑怯にも逃げていたのだ。 （あいつひとりに押し付けてしまうところだった・・・） そう思ってマリエの背中に謝るイルシアに気づかず、柔らかな風に身を任せながら彼女は軽やかに歩いていた。 「イルシアさん、広場で休みましょう」 木陰の下に揃って腰を下ろした。 「お金があれば、馬車に乗って遠出でもするんだけどな」 「近所をお散歩で充分です。どこへ行っても、この空の下には変わりありませんもの」 「そうだな」 ふと空を仰ぐ。 上空から小鳥達が寄り集まってきたのが見えた。二人がもたれている木が彼らのねぐららしい。 マリエは楽しそうにさえずりを聴いていた。 それを見ながら、イルシアは不思議に思う。生き物をこんなに慈しむマリエであるのに、なぜ幼少の頃であるというマーユはあんな残酷なことを平気でしていたのだろう、と。 「やっぱり・・・まだ信じられない」 その呟きにマリエは少し首を傾げる。 「マーユがあんただったなんて。似てなくもないけど、鳥を絞め殺そうとしていたマーユのあの姿はなんだ？今のあんたとは全然違っていた」 「子供は成長するんですのよ」 にっこり微笑む。 「この世に生を受け、まだ四年しか経っていません。あの頃はまだ、魔人の血を抑えきれないんですわ、きっと。いいえ、むしろ光か闇か・・・まだ方向付け出来ない歳だから、あんな残酷なことが出来たのだと思います」 「方向を間違えていたら、今のあんたはいなかったってわけか・・・」 マリエは頷く。 「闇に味方する者になっていたかもしれませんね」 「だけどそれを食い止めたのは、エラマ様とチャウラってわけだ」 彼らの愛情をいっぱい知って成長した彼女だ、こんな温厚な少女になったのだろう。いつかはあのマーユもそうなるのだと思えば、彼女の将来に不安を抱いていたイルシアは一安心だ。 強いて言えばもう少し普通の、すっとぼけてない女性になってくれればと願う。 「しかし、マーユを元の世界に返した方がいいんじゃないのか？」 「どうやって？」 「そんなの知るかよ。こーゆー奇想天外なことは、お前の専門だろうが」 「そのうち何とかなるでしょう」 「そんな楽天的な・・・」 イルシアの頭がうなだれる。 難しいことは分からないが、同一人物が同じ世界に住んではいけないような気がした。この自然界の法則に反しているのだから、何らか障害が起こるのではないだろうか。 イルシアの心配を察知し、マリエはやさしく呟いた。 「以前にわたくし、この街に来た事があるような気がするって言いましたよね」 「ああ、言ってたな」 「マーユちゃんに出会ってから、はっきりとではないんですけど思い出したんです。わたくし自身がマーユちゃんだったころ、見知らぬ男性と女性と暮らしていたこと」 「・・・俺とあんただと言うのか」 「はい。あれはきっと、『未来』に飛ばされたんです。わたくしも。だけど今は、こうして『現在』に戻っています。だからマーユちゃんも戻れる筈です」 イルシアは頭を抱えた。やはりマーユのことを話題にするんじゃなかったと後悔し始めた。時間のゆがみがややこしくて混乱してきた。 |
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