| ～ 第３部 一緒に ～ |
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第 14 話 |
隠しごと（３） |
| マリエはこくん、と頷く。 イルシアは目を丸くした。そんなに早くとは。 「出会って一日目ってことだよな。あの日はそんな魔物を召喚する機会なんてなかった筈なのに」 「いいえ。マーユちゃんが魔物を召喚したところを見たわけではないんです」 「ならあんた、見ただけで分かるのか？魔人の血をひいている人間かどうかって・・・」 マリエはそれも否定した。 「わたくしがそれと気付いたのは、マーユちゃんの名前を聞いたときです」 「名前で？なぜ・・・」 「〝あだ名〟ってありますよね」 「・・・？・・・ああ、あるな」 「マーユちゃんの名前はあだ名です」 「・・・ふうん」 だからなんだというのだろう。それが何に関連するのか結びつかない。 「イルシアさんのあだ名は、なんですの？」 と話題をふられてしまい、更にイルシアはイライラをつのらせるが、一応答えてしまうのがイルシアの律儀なところだ。 「〝イル〟って呼ばれてた・・・って言うより、呼ばせてたな。結局、誰も呼んでくれなかったけどな」 〝イルシア〟というのは女のような名で気に入ってないから、シムやレビイにあだ名で呼んでくれと頼んだが、彼らはイルシアが嫌がるのを面白がって、フルネームで呼び続けて今に至るのだった。 よっぽど、今使っている偽名〝イール〟を本名にしてみようか・・・などと本気で思っていたりする。しかしマリエが「ダメです！」と断固反対してきた。 「イルシアさんの名前、わたくしは好きです」 「あーもういいよ。俺の名前なんてどうでもいいんだ。それより、あだ名がどうしたんだよ？いったい、この話に何の関係があるんだ」 話の軌道を取り戻そうと、軽く机の上を叩く。 「わたくしも昔、父様やチャウラにあだ名で呼ばれてました。わたくし自身、本当の名前をうまく言えなくて、あだ名で名乗ってました」 「それで？」 いったい、どうやって話がつながるのか全く見当がつかないイルシアは多少、自棄気味になって聞き返している。 マリエはそれを気にせず話を続ける。 「わたくしのあだ名、〝マーユ〟という名前だったんです」 「・・・。・・・は？」 「マーユです。マーユちゃんと一緒」 すやすやと眠っている少女を指差す。 そんなことは分かっている。同じ名前だということぐらい。それとマーユは魔人の血を引いていることと、どんな関係があるのかが分からないのである。 眉間に皺を寄せて黙っているイルシアを見て、マリエはにっこりした。 「そこにいるマーユちゃんは、わたくしなんです。ですからね、マーユちゃんも生まれつき魔物使いでもあるんです」 「はああ？」 素っ頓狂な声をあげてしまう。ますます何を言いたいのかが分からない。 「マーユちゃんは『過去』という世界からやってきたんです。わたくし達にとっては、もう過ぎ去ってしまった世界から」 「か、過去ぉ？」 「はい。そーです」 「・・・。そ、そんなバカな話があるかよ」 ふざけすぎにも程があると笑ってみるものの、顔が引きつってしまう。今に始まったことではないが、改めてマリエの思考回路を疑ってしまう。からかわれているのではないかと思うが、彼女の瞳は真剣だ。 それにつられてイルシアも真顔で「あんた、熱でもあるんじゃないのか」と本気で心配している。 「失敬ですわ、イルシアさんたら。わたくしはいつでも真剣ですのに」 『過去』から来たなんて信じられないことだが、マーユが魔物を召喚した事実がある。信じたくないがイルシア自身、目の当たりにしてしまった光景だから否めない。 それを思うとマリエの話も理にかなっているかもしれない。マーユがマリエ自身なら、あの光景は納得いくのだ。 それでも「なるほど」と、あっさり頷けない。 「・・・だいたい、マーユとあんたは髪の色だって違うし、瞳の色だって違うじゃないか」 「あの金色の髪と青い瞳は母様譲り。けれど成長するにつれて父様に似てきて、今の色がついたんです」 軽く髪をかきあげる。 そう言えばマーユの瞳の色は、どことなく緑がかった青だ。髪も純粋な金色ではなく茶色がかっている。 イルシアは頭を抱えた。 「マーユが『過去』から来たなんて信じられるかよ・・・そんな奇想天外なこと、この世にあるわけがないんだ！」 「ユーリーちゃんを呼び出したマーユちゃんがここにいても？」 小首を傾げて訊ねるマリエにイルシアは唸った。 この娘といる限り、こういう摩訶不思議なことからは切っても切れないものになるらしい。だからそれが日常になってしまっている自分の暮らしが怖いと思った。 急に疲れがどっと溢れ出てくる。 イルシアは無言で立ち上がり、そのままベッドに潜り込んでしまった。 「イルシアさん？」 「寝かせてくれ。なんにも考えたくない」 マリエと出会ってからの数々の事件による疲労が、今になってまとめて襲ってきたようだった。 なぜ、こんな考えさせられるようなことばかりが身の周りで起こるのだろうか。 それも信じられぬようなことばかり。 イルシアにはとても計りきれない出来事。 もういい加減にして欲しい。つつましく、穏やかな生活がやっと見えてきたというのに・・・！ イルシアはここから逃げ出したい、と本気で思った。 第１４話[ 完 ] |
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