| 〜 第２部 真 実 〜 |
|
第 ８ 話 |
誰がための選択（２） |
|
「誰だ！」 一歩怯んだバイブに目掛け、新たな短剣が飛ぶ。しかしバイブは魔法で炎球を投げつけ、突き刺さるより先に剣を消滅させた。 茂みから姿を現した人は馬上にいる。 「イルシアさん！」 マリエは球体に手と頬を貼り付け、その姿の名を呼ぶ。 「マリエ殿の護衛が現れたか」 「好きでしてるわけじゃないけどね」 そう言ってイルシアは馬から降りた。 実は、随分前から様子を窺っていたのだ。 マリエを見つけたときは、エラマと一緒にいるのかと思った。しかし目を凝らしてみると、バイブと対面していると分かった。 マリエをどうするつもりなのかと緊張していたが、あの巫女なら一人で身を守れるだろうと思い、ひと段落するのを待っていた。だが予想は大きく外れ、形勢はバイブに傾いてしまった。 「彼女を解放してもらおうか」 「そのような錆び付いた剣で、私に対抗できると思っているのか？」 イルシアが持っている長剣に目をやるバイブ。 その剣はイルシアの物ではない。ゲシュクの護衛の者が落としていったものだった。 「そんなこと、やってみないと分かんねーだろ」 魔法には魔法の剣しか通用しないことをイルシアは知っていた。が、ここで怯んだら完全に負けなのだ。 長剣を握り直し、駆け出した。その先はバイブではなく、閉じ込められているマリエだった。 刃を球の表面に切りつけるが、金属のように硬く、歯が立たない。 耳障りな金属音だけが響いた。 「くっ・・・無理か」 イルシアの前に、白い霧のようなものが漂い始めた。バイブの魔法だ。 「イルシアさん、気をつけて！それは眠りを誘う魔法なんです」 マリエは必死で叫んだ。 「殺生はなるべく避けたいのでね」 「そう簡単に、かかってたまるか」 霧が体に浸透していくようだったが、全神経を集中し、バイブの魔法と戦った。 「ほう。なかなか強靭な精神の持ち主とみえる」 魔法を打ち払われたバイブは、イルシアに感心の眼差しを送る。 「しかし、これは避けられまい」 呪文を唱え、手を振りかざした。すると魔物達がバイブの背後から現れた。イルシアの背を軽く頭ひとつ分は越す、二本足で立つ巨人の魔物だった。 あの図体からして、素早さはイルシアより劣るだろうが、力では負けるだろう。 「貴様も魔物使いなのか」 「私にはそんな力はない。魔法で操っているだけよ」 魔物達はじりじりとイルシアの方に前進してくる。大抵の者ならば足がすくんでしまうか逃げ出すところだが、なぜかイルシアは肝が据わってしまったらしく、仰々しい生き物達に臆することなく剣を構え直した。 「どうやら、あいつのユーリーちゃんのおかげで免疫がついたようだな」 別に喜ぶことじゃないけど・・・と、ひとり苦笑する。 《マリエ様ヲ手ニ入レル為ニ、戦ウ・・・》 魔物らの叫びが人語となり、イルシアの耳に流れ込んできた。 マリエにも聞こえているのかと思い、彼女の方を窺ってみたら、瞼を閉じて跪いており、胸の辺りで両手を組んでいた。 ルーナへ祈りを捧げているらしい。 「だけど加護は届かない」 イルシアは唸った。 マリエの魔物使いの能力を使えず、ルーナの加護も届かないという話は立ち聞いた。 自らの力のみで戦わなければならないのだ。 「ほら、聞こえるでしょう？彼らの願いが。確かに私の魔法で操られてはいるけれど、半分は彼ら自身の意志によるものよ」 「一応、木偶の坊ってわけじゃないんだな」 「そうよ。お前なんぞ、一瞬にして片付けてやるわ！」 バイブの声に、魔物達は一斉にイルシア目掛けて走り出した。 まず先に出てきた一体を薙ぎ払い、二体目も難なく仕留めた。しかし残りの三体が、イルシアを囲むように襲いかかってきた。 とてもじゃないが、三体同時に断ち切る技能は持ち合わせていない。 「くそっ！」 絶望という思いが目の前を過ぎった時・・・ 「イルシアさん！！」 マリエの叫びと同時に、マリエを包んだ球体が彼女を中に閉じ込めたまま、イルシアを庇うよう前に移動した。 「まだ、あんな力が残っていたの！？」 バイブは動かない筈の球体に驚く。 おとなしく祈っていたのはルーナの加護を求めていたのではなく、自らの力を集中させていたのだ。 球体は魔物の斧を受け入れず、弾き返した。 その時、衝撃波が生じた。 それは四方に広がり、魔物だけでなくバイブやイルシアまでをも吹き飛ばすほどだった。 勿論、周囲の木々も揺らぐ。 揺らいだ並木の合間から、月光がこぼれた。漆黒の闇に浮かぶ月が、マリエを垣間見たのだ。 瞬時、空のどこらかともなく一筋の光が走った。 それは直線状の稲妻のように地上に降りる。轟く音と共に、魔物らの体を貫いた。 「！」 絶命した魔物に直面したイルシアは、咄嗟に空を見上げた。 満ちている月は、いつもと変わりなく静かにぼんやりと輝いている。それが妙に、ルーナの怒りを感じさせた。 「女神様の怒りに触れたな」 膝の埃を払う素振りを見せながら立ち上がるイルシアは、バイブに向かって吐き捨てた。 「ルーナの加護など、どうということはない」 嘲り笑うバイブが片手を挙げると、閉じ込められたままのマリエは数メートル上昇した。 「マリエ殿が手に入れば、もう用はない」 「そうはさせるか！」 バイブの束縛から解放させようと、球体目掛けて長剣を投げつけようとしたが、先程の魔物の時のように二の舞になるだけだ。また、貫通したとしても、中にいるマリエに突き刺さってしまうかもしれない。 「あたしに任せて！」 突然、イルシアの頭上でそう声がした。 レビイだ。 知らないうちに、後を追いかけてきたらしい。 レビイは木の上から飛び跳ねた。手に握られた短剣の刀身から、淡い光が放たれている。その短剣には魔法が付与されているからだ。 そういえば彼女の短剣は、古くから月影で使われているものだと聞いたことがある。長老から、１７歳の誕生日に貰ったとかいうやつだ・・・と思い起こしながらイルシアは彼女に一縷の希望を託した。 レビイは切っ先を下に向け、そのまま球体目掛けて落下する。魔法剣は弾かれず、ざっくりと突き刺すことができた。すると包んでいた膜は、泡のように消えた。 足場をなくしたマリエは、空中から地面に叩きつけられるところだったが、光色の絨毯の上に弾みをつけて落ちた。その絨毯の正体は、いつの間に召喚したのか分からぬ、無数のユーリー達であった。 互いに寄り添いあい、マリエを受け止めてくれたのだ。同じくレビイもユーリーの波にもまれている。 一方バイブは、予想外だったレビイの登場に舌打ちをし、姿を消してしまった。 「大丈夫か」 顔面蒼白になりながらも、二人の安否を気遣い、ユーリーらを掻き分けていくイルシア。 幸い、マリエもレビイも怪我がなく無事だった。 「しかし、バイブ様がアメシア教の信者だったなんてな」 その衝撃はレビイも同様だった。 「即、王都に報告いれなきゃね。要注意人物だってこと」 「ああ、そうだな・・・。それより・・・」 イルシアは横でユーリーを撫でているマリエを睨んだ。 「少なくとも、あんたはバイブが宮廷魔術師に任命される前から知ってたわけだ。あいつが邪神アメシアの信者だって。なのにどうして進言しなかったんだ。エラマ様を通じて、国王の耳に入れる事だってできた筈だ」 そうすれば、あのような危険人物を重要地位に置いておくわけがない。 「権限を持っているだけに、あの女はかなり危険だ・・・」 それなのに、知りながら今まで過ごしてきたマリエ。イルシアは非難の眼差しを彼女に送った。 「あの人は淋しい人なんです」 マリエはぽつりと呟いた。 |
| ≪Prev Top Next≫ |