望みは空より果てしなく
| 〜 第２部 真 実 〜 |
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第 10 話 |
強気でいこう！（２） |
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「！？」 鈍い音がした。 イルシアの行動に動揺したハウィンは、何の術もないまま剣の柄で殴られたのだ。彼はその場に倒れ、気絶してしまった。 「これで俺も、『月狩り』のひとりになったわけだ」 ふっと溜め息を漏らし、自嘲する。 それからすぐさま、ハウィンの懐にある鍵を奪うと、牢屋に駆け寄った。 薄闇の中にマリエがいた。 一枚の毛布にくるまって横たわっている。背中を向けているために顔は見えなかった。 「今すぐ、出してやるからな」 眠っているのか、呼び掛けに何の反応もない。 錠前をはずす金属音が部屋中に響き渡る。 壁にかけてある燭台を手に取ってから中に入り、そっとマリエの前に跪いた。揺れる影に浮かび上がった彼女の目縁に、光るものがあった。
きっと、泣き疲れて眠ってしまったに違いない。 胸に激しい痛みを覚えたイルシアも、思わず涙が溢れ出そうだった。シムやルーカ達に見られたら、「まだまだガキだ」と小馬鹿にされそうだが、心なしか衰弱しているマリエを見ると抑える事ができなかった。 また、マリエへの浅はかすぎた了見を抱いていた自分を罵っていた。彼女の全てを知っているわけでもないのに、なんにでも乗り切る強い人間だと決め込んでいたことに。 「本当に強い奴なんていない」 それが答えだ。 以前、「人間はそんなに強くない」と言うマリエが、バイブを見逃したのも今となっては分かる気がした。バイブの逃げ場は闇しかなかったということが、『運命』だったからということさえ受け入れられる。 その『運命』に立ち向かうために強く生きようとしているマリエほど、逃げ道がないのかもしれない。そしてそれだけ代償も大きいのだ。 苦悩と悲しみに打ちひしがれてもただ、人知れず涙を流していたのだろう。 今のように。 濡れた頬に触れたら、血の気の引いた冷たさが伝わってきた。 彼女の名前を呟いてみる。 何度か呼びかけているうちに湿ったまつげが震え始め、瞼がそっと開いた。そして緑水晶の瞳にイルシアが映った。 「・・・イルシア・・・さん？」 のそのそと上体を起こし始めたマリエ。 しばしの間、ぼーっとイルシアの顔を見つめ続け、そのまま力を失ったように彼の胸に頬を寄せた。 「夢じゃない・・・？でも、夢のよう・・・」 「マリエ・・・」 今のイルシアには、彼女の体も気持ちもすべて受け止めることができた。 死んだ者を星にたとえて拠り所にするように、マリエのそれになるのは自分なのだ。 巫女はイルシアを見上げた。 「初めて・・・」 「え？」 なんの事かと怪訝顔のイルシア。 「初めて、名前を呼んでくれた」 「え・・・ああ」 そうだったっけ・・・と思うが、あまりの嬉々とした表情に照れくさくなってくる。 ふと、そんな彼女の胸元の衣服が破れ乱れているのに気付き、心苦しくなって思わず目をそらした。そしてすぐ、自分の上着を肩に掛けてやった。 マリエは自らの醜態に気付き、身を小さくして俯く。それから物珍しそうにイルシアをじっと見つめる。 「あのー。本当にこれは、夢じゃないのですか？」 鼻をすすりながら訊ねてくるマリエに、イルシアは「現実だよ」と言いながら彼女の白い手に手を重ね、自らの存在を示した。 体温が彼女の冷えた手に伝わっていく。 それでようやく目が覚めてきたのか、マリエはイルシアの手を握り返しながら彼に質問した。 「でもイルシアさん、どうしてここにいらっしゃるんです？」 確か、まだ巡邏の仕事があると言っていた筈だ。もう二度と会えないと思っていたのに。 「あんたを連れ戻しに来たんだ」 「・・・連れ戻す？」 彼の言っている意味がよく分からない。彼の手によって自分は逮捕され、彼の仲間に引き渡され、連行されている。それを連れ戻すということは・・・。 疑問符が浮かんでいる彼女の表情に気付いて、イルシアは苦笑した。 「つまりだな、俺は俺なりにエラマ様とあんたを信じることにしたってことだ。だから助けに来た」 「助けにって・・・もしかして、無理矢理ここに侵入してきたのですか？！」 「んー、まあな」 マリエの顔色が一変した。 「こんなことしてしまったら、イルシアさんが殺されてしまいます！わたくしのことは構いませんから、逃げてください！」 月影の掟を思い出し、マリエは意を決してイルシアを押し退けた。 「『月狩り』されてしまいます！」 「なんで知ってるんだ？誰かから聞いたのか？」 「ナックさんです」 「ふーん、そうか。でも、時既に遅し・・・だよ」 イルシアはそう言って、倒れ伏しているハウィンを顎でしゃくった。 「あんたのことはチャウラにもローウェイにも頼まれていたのを思い出してね。あいつらに恨まれたら、面倒なことになるからな」 だから気にするなと口の端を上げた。 「イルシアさん・・・」 瞳潤ませるマリエに狼狽するイルシア。 喜びの表われだとしても、涙には弱いのだ。 「さ、長居は無用だ」 ハウィンが唸っている。もうそろそろ起き出す頃だ。 イルシアはマリエの手を取って、牢屋から抜け出した。
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