口の端を上げてイルシアはニッと笑う。
つられてか、ニードも微笑した。
「イルシアもその世界の奴か・・・裏の仕事をしている俺のことを知っているとは」
やっぱりな、とでも言うように一人頷く。
「とは言っても、あんたのことは今さっき思い出しただけさ。あの巫女を狙っている姿を見てね」
暗殺ギルドは一般にも知られ、恐れられている職団である。
依頼を受ければ、その獲物は必ず仕留める。それが彼等の方針であるのだ。特に裏の世界では、暗殺ギルドのニードと言えば有名であった。
しかし、ウパ族の者であるとはついぞ聞いたことがなかった。
「誰の依頼だ？」
「そこまでは言えねえな。ま、別にマリエを追いかけて、ここに戻ってきたわけじゃないことだけは言っておく。あの巫女を葬ってくれという依頼があったのは知っていた。しかし俺は降りたんだ、その仕事を。この村にもう帰りたかったからな」
「そしたら偶然にも、獲物は自分から転がってきた・・・ってわけか」
イルシアは自嘲する。
「この機会を逃す手はないからな。しかしイルシア、あんたが邪魔だった。剣の手前は分からないが、下手に手出しはできなかったんだよ」
そしてギルドの報告では、イルシアの存在など知らされてなかったと言う。
それはそうだろう。途中で彼女と出会ったのだから。
執拗に何者だと聞いてくるニードには、傭兵だと言っておいた。どうせ『月影』と言っても、知らないに決まっている。
ニードは信じたらしく、その場は落ち着いた。
「あの巫女は？ぼーっとしてるが、実は凄味のある奴なんじゃ・・・」
気配を感づかれたニードは、今となっては悔しい思いのようである。
「その通りだよ。あいつは俺が護衛しなくたっていいんだ、本当は」
何と言っても魔物使いなのだから。
それにしても・・・・・・・・・・
「あいつ、暗殺ギルドに狙われているのか・・・」
新たな真実が浮かび、先が思いやられるイルシアだった。
イルシアは暗闇に染まった森の奥で、一つの灯りを見つけた。
ゆらゆら動くそれは、誰かがランプを持って歩いているようだと分かる。
「あれはマインツさんですわ」
マリエは彼女がザネークを抱いていないようにと願う。
マインツの姿が明らかになると、その心配も吹き飛んだ。マインツは一人だったのだ。
あっちもこちらに気付いたらしく、駆け寄ってくる。
「どうしたんです、こんな夜更けに・・・」
「それはこっちの台詞だ！」
イルシアらの姿を見て訝しがっているマインツに、ニードがたまらなくなって怒声を投げた。
「私はサアラを捜しているんです」
「サアラちゃんも一緒じゃないんですの」
「あの子、食事の後、どこかに行ってしまって・・・見かけませんでしたか？」
おろおろするマインツは三人の顔を交互に窺ってくる。
「実は、ザネークちゃんもいなくなってしまったんです」
「ザネークも！？」
「お前が誘拐でもしたのかと思っていたんだがな」
ニードの棘のある言い方に、マインツは渋面になった。言い過ぎだとイルシアは睨みつけている一方、マリエは静かな面持ちだった。
そして「とにかく、竜の湖へ行きましょう」と呟いた。
「そこにいるのか？」
「分かりませんけど、昼間には感じられなかった何か強い力を感じるんです。もしかしたら、サアラちゃんもザネークちゃんも関わっているかもしれません」
マリエの言葉を理解できないニードとマインツをイルシアが促した。
とかく不思議なことを言うマリエを、イルシアは理解できる。不思議な能力をいくつか持っている少女だと分かっているから。
湖畔にたどり着いた三人は、すぐさま、月明かりの下のサアラを見つけた。そしてザネークも。
ザネークはサアラの小さな腕の中だった。
「ザネークを連れ去ったのは、サアラだったのか？」
ニードは軽い絶望に襲われた。
誘拐するならば、てっきり犯人はマインツしかいないと断定していただけに、衝撃を受けたようである。あんな子供が、こんな夜更けに何の為にこのような真似をするのか、見当もつかないのは当然であろう。
「向かいに立っている人は誰だろう」
イルシアは目を凝らす。
あの体の線の細さから、女性であろう。サアラと何か話しあぐねている。
「誰かしら・・・」
マインツもニードも、見覚えのない女だと言う。
見知らぬ人間といるサアラの身を案じたマインツが、サアラに呼びかけようとしたが、マリエがそれを制した。
「もう暫く様子を見たほうがいいと思います。とてつもなく強い力を感じるのは、あの人からですもの」
「どういうことだ？あいつは何者なんだ」
不明なことをさっきから言っているマリエにしびれを切らして、イルシアが訊ねた。
しかしマリエは掌を頬に当てて、さあ・・・と分かりかねる様子を見せた。じらしているのか、本当に分からないのかイライラしていると、ニードが突然立ち上がった。
「ニード！」
イルシアとマインツのその声も聞き入れず、彼はサアラ達の元へ走っていってしまった。それを追いかけ、イルシア、マリエ、マインツも走り出す。
サアラがザネークを女に手渡そうとしていた。その光景を見た衝動で、ニードは動いたのだろう。
「ザネークをどうするつもりだ！！」
奇声にも似た叫びは、森をざわめかせた。
同時にサアラと女がニードに振り向く。女に抱かれているザネークは安らぎの顔で眠ったまま。
「パパ、ママ！」
「サアラ！良かった、無事で」
マインツは愛娘を抱き上げた。
「汝らは誰ぞ？」
見知らぬ女は艶っぽい声音で言った。
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