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知らぬ間に、空が白んできた。
小鳥のさえずりが心地好く耳に響き渡り、目覚めのいい朝だった。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだ。
シーツを除けて、思い切り背伸びをした。
「今日一日、平穏に過ごせそうだ」
イルシアは顔を洗いに行こうと外に足を向けようとしたのだが、横で寝ている筈のマリエがいないことに気付いた。慌ててシーツを剥ぎ取ったが、やはりその姿は無い。
わずかにまだ温もりが感じられるので、そう遠くには行ってないだろう。
天幕の外から、はしゃぎ声が聞こえてきた。
聞き慣れた声も混じっている。
「あっ、イルシアさん。おはようございます」
澄んだ空気の中、マリエが手を振っている。その傍らには、年端も行かない女の子がいた。
こげ茶色で巻き毛の髪を持つその子供は、大きな目でイルシアを見つめている。
「サアラちゃんて言うんですのよ。可愛らしいでしょ？」
「どこの子だよ」
「あっちだよ」
サアラはにっこりして、青みがかった白の天幕を指差した。
「顔を洗いに井戸に行こうと思ったら、サアラちゃんと会ったんです。わたくし達を朝ご飯に招待して下さるそうですわ」
「ママがね、お客さん二人を呼んできなさいって」
手を引っ張られ、イルシアとマリエは彼女の家に向かう。
「ママｰ、連れてきたよ！」
足を踏み入れると、スープのいい匂いがした。それを皿に盛っている女性がサアラの母親らしい。
三十前後の、飾り気の無い女性だった。
「ご苦労だったわね。ああ、お客様方はそこにお座りください」
「どうも」
恐縮して椅子に腰掛けた。
そしてサアラとその母親が着席し、共に食事をした。
食べながらイルシアは、ここは母子家庭なのかと思うと同時に、ある事に訝しさを感じていた。
地味な母親のわりには、家具など調度品が派手なのだ。どこから仕入れてきたのか、ブロンズ像や絵画などが掲げられて、何かときらびやかさが目立つ部屋だった。
食後、居間に通された二人は、革張りの椅子にそろって座る。
「マインツと申します。ええと、ニードとはもうお会いになりましたよね」
「はい。村長の相談役の方でしたか・・・」
「誰なんです？その人」
マリエが首を傾げる。
「あんたの命の恩人だよ」
と、耳打ちしてやった。
「そのニードさんて方が、マインツさんの旦那様でいらっしゃるんですね？」
マリエの質問に何を言ってるんだ・・・と思ったイルシアだったが、意外にもマインツは肯定した。
怪訝顔のイルシア。
「あの・・・でも、彼の奥さんは確か、ピシカって名前じゃ？」
それに、昨夜聞いた子供の名もサアラではなかった筈。
ピシカと聞いた瞬間、マインツの表情が曇った。
「・・・ピシカもニードの妻です。私は最初の妻で、彼女は二番目に娶られたんです」
「まあ。二人もお嫁さんを？」
マリエは薄緑の目を丸くした。
「ウパ族は一夫多妻制なのです。昔は多い人で、十数人もの妻がいたそうです」
この家が派手なのはニードの趣味だったわけか、とイルシアはひとりで納得していた。
「ピシカはウパ族の者ではありません。メザイの人間です。ニードは時折、メザイに仕事に出掛けるのですが、その時に出会ったようで・・・」
「それじゃ、ピシカさんはわざわざここへ嫁いできたんですのね。ああ、そう言えば、ニードさんの姿がみえませんけれど」
マリエは部屋を見渡した。
「近頃は、あっちの方にばかり通ってますわ。昨夜も帰ってきたと思ったら、イルシアさん達のもてなしを頼むって言いに来ただけでした。その後、ピシカの家に行ったのでしょう」
マインツの目を伏せた顔には、陰りがかかっていた。
制度的に許されていても、妻達にしてみれば、自分以外の女にうつつを抜かされては、心の隅で傷つくのは当然であろう。
イルシアは哀れな目の前の女性に同情した。
「ママ」
心配したのか、サアラが母に擦り寄った。マインツは優しく抱きとめる。
「せめて、この子に声をかけて欲しいんです。ピシカの子供ばかりでなく、サアラにも隔てなく・・・」
物静かなこの女性は、ニードのピシカとその子供への溺愛に対し、ただ黙するしかないのであろう。一夫多妻という慣習がある限り。
「ごめんなさいね。あなた方に愚痴をこぼしてしまって・・・」
「いいえ。その気持ち、わたくしにはよーく分かりますわ。何人もの女性を囲うなんて周りの人を傷つけるだけなのに、殿方はそれを理解して下さらないんですもの」
そう言って何気にマリエは、視線をイルシアに運ばせた。
「なんでそこで俺をみるんだ！？」
「わたくしを差し置いて、他の女性と結婚なさったでしょ」
「知るかっ」
また前世の話を持ちかけてくる。
何も知らないマインツに誤解されてはたまらないと思ったが、時既に遅し、マリエとマインツは互いに同情し合っていた。
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