キミと奏でる未来まで
| 第2話 みんなで温泉(2) |
 「わたくし、温泉は初めてですの。すごく楽しみです」 「誘った甲斐がありました！」 これまた嬉しそうにシム。 その隣でイルシアが、 「本当はルーカと二人きりで行きたかったんじゃないのか？」 と口を挟んだ。イルシアとしてはその言葉の中に「お前たちと別行動がしたい」という含みが混じっているのだが、それはマリエと二人きりでいたいというよりも、今後シムとルーカに茶化されるのが目に見えているのが嫌で仕方がないからだ。 しかしそんなイルシアの裏の思いなどシムは露知らず。 「二人だけで行くと毎回マンネリでさ。そろそろ団体行動したいと思ってたんだ」 「では、もう何度か二人でご旅行を？」 マリエがうらやましそうにルーカに訊ねた。 「うん。この前は港町に行って魚料理を食べたわね」 「その前は山に行ったな、山」 「本当に仲がよろしいのですね〜。祝言の時はぜひ教えて下さいね！」 シムもルーカも唐突なマリエの言葉に目を丸くした。 「あら？お二人は近いうちにご結婚なさるって、イルシアさんから聞いたのですけど」 「余計な事を…」 シムはイルシアを恨めしそうに睨みつける。 「な、なんだよ。いつかはそうなるんだから別に怒ることないだろ。長老だって他の月影のみんなだって、そう思ってる」 「…。まだだな」 「え？」 「俺達はまだ結婚しないって。そのー、なんて言うかよ、今のこの独り身の身軽さをもう少し堪能したいっていうのが俺達の互いの意見でさ。今の関係のままでも充分ってワケ」 ルーカも頷いている。 「あんた達が良くても、長老が許さないんじゃないのか？」 とイルシアは言ってやった。 「だって、跡取りなんだからさ、シムは」 「跡取りなら我が妹レビイの旦那がいるだろ」 「やめてくれよ…ハズリンクが月影をまとめるのか？」 イルシアは思い切り嫌な顔をした。 「イルシアお前、レビイを取られてハズリンクにまだこだわってんの」 そのシムの言葉に反応したのはマリエだった。一瞬、ぴくりと身動きしたので、イルシアは慌てて言い返す。 「昔のことなんかもう気にしてない。ただ、性格的にあいつとは合わないだけで…」 「そうよね〜。今はマリエちゃんのことで頭がいっぱいだもんねえ」 などと茶化しを入れるのはもちろんルーカしかいない。 「巫女さんも関係ないっ」 反発したイルシアはシムに頭を小突かれた。 「いけずな奴だな。そこで『ハイそうです』と頷いておけば、話が盛り上がって楽しい旅になるだろ」 「そうよ〜、ノリが悪いわよ、イルシアってば」 イルシアは本当に頭痛がしてきそうで額を押さえた。そして向かいに座っているマリエを見上げた。 「ノリで言われても、巫女さんだって嬉しくないだろ？」 同調してくれると思いきや、「嘘でも嬉しいです」とぬかす。 「…。あのな、俺は嘘つきたくないの」 「わかっていますわ。わたくしにくれるイルシアさんからの言葉は、いつでも嘘じゃない。真剣ですもの」 マリエはそう言って頬を染めるものだから、シムがまた顔の皮を緩めて覗き込んできた。 「お前、俺達のいないところでお嬢様になに言ってんだ？」 「なんでもいいだろ、別に…」 どうしてこうなるんだと背を丸め、頭をうな垂れさせてもシムは「なに言ってんだよー」としつこく聞いてくる。 前方ではルーカがマリエに尋問していた。 「どんなこと言われるの？歯の浮くような台詞をイルシアが言ってくれるんだ？」 「歯の浮くような？」 きょとんと首を傾げる。 「ええと、気障な台詞。聞いているこちらが恥ずかしくなるっていうか…そんな感じの」 「ん〜、そうですねえ…」 人差し指を顎に当て、考え込むマリエを見てシムは再度イルシアを小突いた。 「やっぱり言ってるのか！」 「…勝手にそう思ってれば」 「誰にも渡さないとか、お前を離したくないとか言ってんだろ」 「……」 当たっているだけに、思わず口を噤んでしまう。 なんで知っているんだと訝りながら、天井裏で盗み聞きしてたんじゃないだろうなと疑いもした。 「あ、図星だった？」 「うるさいっ！」 「えっ、ホントに言ったことがあるの？いいなぁ、私なんて言われたことないわよ」 少し羨望の表情を浮かべたのを見逃さず、シムはおもむろにルーカの手を握った。 「ルーカ、ごめん。俺はイルシアみたいな口説き上手じゃないんだ」 「誰が口説き上手だよっ！！」 文句を言ってみても二人は当然取り合ってくれない。 悔しがるイルシアを見てマリエがくすくす笑っていた。 「なんか帰りたくなってきたぞ。俺」 本気で思う…。
イルシアが頭を抱えたくなる問題は、宿に到着してからも起こった。 フロントで宿泊名簿にサインし終えたシムから、部屋の鍵を投げ渡された。ここから始まった。 「206号室な」 確認されたイルシアは「ああ」と頷いた。 「じゃ、俺とルーカは207」 「うん」 何事もないようにルーカと一緒に階段を上っていくシムを、イルシアは慌てて呼び止めた。 「ちょ、ちょっと待てよ！」 「なにかー？」 胡散臭い笑顔とともに振り向いたシムにイルシアは腹が立った。 「…すましてんじゃねえよ」 肩をいからせてシムの目の前に詰め寄った。 「どういうことだ！？」 「どういうことだと言われてもな。こういうことだ」 両手を大袈裟に広げ、肩をすくめる。 「つまり、お嬢様とイルシアが一緒の部屋、ということだな」 ≫next 第2話 みんなで温泉（3） |
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