恋人は魔物使い


　　　第４話　『　ユーリーの反逆　』 　　

　ぎょっとした。
ユーリーが腕に噛み付いているのだ。牙を立てて。
ご主人様のためなら、こちらの考えも読み通してしまうらしい。ユーリーの目が据わっている。
　もう堪忍袋の緒が切れた。
イルシアは額に青筋を浮かべて、ユーリーを強引に剥がし、豪速球で放り投げる。
　そこへちょうど、マリエがいそいそと台所からやって来た。
「イルシアさん、お茶淹れ直してきました」
　その額に、イルシアが投げたユーリーが当たり、跳ね返って床に落ちた。
ユーリーはその場で目を回している。
「まあ、ユーリーちゃん！どうしたんですか！」
　マリエは慌ててユーリーを抱き上げた。
「いい気味だ！人の腕に噛み付くからだ」
「ユーリーちゃんはよっぽどの事がない限り、相手を傷つけたりしませんの。イルシアさん、何か怒らせるようなことしたんじゃありませんか？」
　「きぴ〜っ」と嘆き悲しんでいる様子の魔物を撫でながら、イルシアに非難の目を向ける。
「こっちは腕に穴開けられたんだぞ」
　傷穴から血が出ているのを見せたが、マリエは知らん振りでユーリーを赤ちゃんのようにあやしている。
「…。扱いの差が随分じゃねーか？」
　それにしても・・・とイルシアは思う。
これまでユーリーという存在を疎ましいと思うだけだったのだが、よくよく考えてみると、彼らがこうも毎日毎日二人の邪魔をしに現れるということが、不自然な気がしてきた。
　魔物は元は、『魔界』という異界の生物である。
魔物使いという召喚者なしで、好き勝手にこの人間界へ来ることができるわけがないのだ。
だが、マリエのユーリーは現にこうして、やって来ている・・・。
「・・・」

　もしかして・・・。
本当はマリエがユーリーを呼んでいる？俺から身を守ろうと？

　そう思ったら、何もできなくなってしまった。
それからというものイルシアは、マリエの様子を窺うために、少し距離をおくことにした。
下手にマリエに手を出したら、またユーリー攻めに遭うに決まっているし、実はマリエが自分に対して拒絶の心を持っているかもしれないという事が、少なからずもイルシアにとってはショックだった。
　しかし、今までの彼女の様子では、嫌がっているという雰囲気はないのだが・・・。
（もしかしたら、彼女自身はユーリーを呼んでいないつもりでも、無意識に呼んでいるのかもしれないな・・・）
　たぶん、彼女は気づいていないのだろう。
いくら心の底から好きな男でも、無意識に身体は拒否しているんだと。


　イルシアの傍らにマリエがちょこんと正座し、彼の横顔をじっと見つめた。
「やっぱり変です。最近のイルシアさん！変！」
「な、なんだよ突然・・・。失礼な奴だな」
　お前に言われたくねーよ、とイルシアは読みかけの本を閉じ、口を尖らせた。
「変ですっ。自ら進んでオーディダの経典を読むなんてっ」
　彼の手元にある本を指差す。
前はあんなに嫌がっていたくせに、最近、黙々と読んでいるのを目にする。
「そりゃ、たまには読むさ」
「でも変ですっ！だって・・・」
　言葉が途切れる。
「だって？」
　と、イルシアが促してやると、マリエは彼から視線を外して俯いた。
「その・・・いつもわたくしの手とか触るのに、最近ぜんぜんです」
「え！？さ、触るって・・・」
　ヘンなオヤジみたいじゃねーか俺・・・と思いつつ、しかも『いつも』ってそんなに頻繁だったか？、とイルシアは眉間に皺を寄せた。
一方、言うのに勇気がいったのだろう、マリエの顔は真っ赤。それでいて悲しそうな表情だった。
イルシアは咄嗟に彼女が何か誤解している事に気付き、彼女に向かって指差した。
　マリエはきょとんとしている。
「なんですか？」
「もしかして・・・俺に嫌われたのかと思ったりしてたワケ？」
「はい」
　きっぱり即答され、イルシアはなんだか拍子抜けしてしまう。
彼のその反応にマリエは首を傾げた。
「あれ・・・？違うんですの？」
「違うも何も・・・」
　イルシアはマリエを強引に引き寄せ、抱き締めた。
「！！」
　驚きで目を見開いたマリエを中心に、十数匹のユーリーが渦を巻きながら現れた。
イルシアは彼女を離し、肩を落とした。
「・・・それだよ、それ・・・」
「え？」
　マリエは何の事か分からず、目を点にして茫然としている。
「なんて言うか、その・・・俺が近付く度、ユーリーを巫女さんが呼び出すから・・・」
「え？わたくしは、呼び出していませんけど・・・」
「・・・たぶん、無意識に召喚してるんだと思うんだ。身を守ろうとさ」
「身を守る・・・？誰からですか？」
「俺から」
「イルシアさん、から・・・？」
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