翌日―――。
あいにくの天気だった。
朝からずっと雨で、イルシアの家に来た時にやんだのだが、再び降りそうな気配だったので、その前に家に帰ろうかどうしようか迷っていたマリエは、窓を開けて空模様を窺っていた。
　ほんの少しでも一緒に過ごしたいと思っているイルシアは、マリエを引きとめようと後ろから彼女の顔を覗き込んだ。
「まだ帰らないよな？」
　そう言って肩を抱き寄せられてしまえば、マリエだって帰りたいとは思わない。
この際、雨が降ろうと槍が降ろうと構わない。
家に帰れなくなって、エラマ達にどこに居たんだと追及されても構わないとさえ思えるほどに、イルシアのそばにいたいと思った。
　これが『恋人』というものかしら、と昨日と同じく思った。
この心地いいぬくもりを手放さないためなら、自分はどうなってもいいと思える。
それぐらいにとても特別な存在。
　その気持ちは自分だけでなく、イルシアからも伝わってくる。
「・・・イルシアさん」
「マリエ・・・」
　見つめるマリエ。
見つめ返すイルシア。
　そして――――
仲間に入れてくれと言わんばかりに、二人をじ〜ッと観察している『物体』と『物体』。
「・・・」
　なんで今日は『物体』の気配が昨日より強く感じられるのか、とイルシアは恐る恐る顔を上げたら、ユーリーが２匹宙に浮いていた。
「ッッ！！」
　イルシアの驚きも、昨日の二倍だ。
マリエも彼らに気付いたらしく、「あら、今日は二人で来たの？」などと言っている。
　脈絡もなく登場したユーリーに頭にきて、「��二人�≠ｶゃなくて��２匹�≠ｾろうッ」とイルシアはつっこみを入れてやった。
「そうですわね。ユーリーちゃんは人間ではありませんものね」
　先程の良いムードもどこへやら、どうでもいい事に納得しているマリエは、ユーリーと共に無邪気に笑っている。イルシアとしては、とても笑う気分じゃない。
「・・・はあ・・・」
　溜め息をつく。
（ユーリーにとって、俺は巫女さんの危険人物らしいな・・・）
　憂鬱な気分だったが、こんな事は昨日今日だけの事だろうと高をくくっていた。
しかし・・・。

　翌々日―――。
マリエの肩に手を回そうとしたイルシアの動きが、またまた固まってしまった。
　二人に集まる視線が、なぜだか昨日よりもいっそう熱く感じるのはなぜだろう。
その熱い視線を発信している犯人は、『物体』、『物体』、『物体』、『物体』・・・の計４匹のユーリー達だった。
「ひ、人の頭にのるな！」
　１匹が頭に張り付いていたので、それを引っ張り剥がして放り投げてやった。
すると懲りずにまた別のユーリーがくっついてきたので、イルシアはゲンナリする。
（どーしてこう毎日毎日、ガードが固いんだ？？・・・それとも何か？こいつらは俺に巫女さんの肩さえ、触れさせまいとしてるのか！？）
　それに気のせいか、日に日にユーリーの数が増えている気がするのだが・・・。
「・・・気のせいじゃない・・・よな・・・」

　翌々々日―――。
またユーリーが現れた。
「ちょっと待て。今日は手が触れただけだぞ！しかも偶然なのに・・・」
　マリエからマグカップを受け取ろうとした拍子に、ふと手と手が触れ合ってしまったのだ。
しかも、ユーリーの数は８匹。
　肩や背中にしがみついてくるユーリーを剥がす元気すらなくなってしまった。
残りのユーリー達は、勝手気ままに部屋を浮遊しているし。ユーリーの出現時に、マリエが淹れてくれたお茶をひっくり返して、手に火傷をしてしまうし・・・。
「最悪だ・・・」
　毎日毎日こんな状況では、この魔物達はマリエの心配というよりも、完全に邪魔しに来ているとしか思えない。現れるユーリーの数が、確実に増えているのも気になる。
　１匹が２匹。２匹が４匹。４匹が８匹・・・。
（たぶん、明日は１６匹か？そして、あさっては３２匹。６４、１２８、２５６・・・まるで細胞分裂じゃないか！）
　このまま続けば、この部屋が満員御礼になるほど無限にユーリーが増えるのであろうか。
いくらなんでもそれはお断りしたい。この家が潰れかねない。
借家だぞ。
「・・ったく！！別にお前らのご主人様を、今すぐどうこうしようってワケじゃねーんだからなッ」
　そう言って『団体ユーリー』のうちの１匹を指で弾いてやったら、生意気にも反撃にかかってきた。
イルシアの頭に乗っかり、「ギュ〜ッ」と鳴きながら、オットセイのひれのような手で頭をベシベシ叩いてくる。
だが別段、痛くもかゆくもないので、無視して勝手にやらせておくことにした。
「俺達はエラマ様の許しも得てないし、それにまだあいつは后候補だし、泣きたくなるほど子供っぽいし・・・」
　問題が色々あるのだ。
（でもまあ、いつかは―――・・・）
　と、マリエのあらぬ姿を一瞬考えたイルシアだったが、ガブッという耳慣れない音に我に返った。